2011/12/26のブログより。




繊細なレースやひらひらのフリル、それに艶やかな幅広のリボン。
それは確かに、女の子なら一度は憧れるモノなのかも知れない。
勿論小夜だって…嫌い、ではない。自分に似合うかどうかは別物として、やっぱり心の中では可愛らしいものが好きだ。以前はジーンズやTシャツと言ったラフなスタイルばかり好んで着ていたけれど、それは男性ばかりの家族の中で育った小夜にとってごく自然な事だった。父と兄と弟の真ん中であっさりした男っぽい物に囲まれて育ったのだ。
密かな憧れはあっても、心の中には敢えて可愛い服を着る事に対する気恥ずかしさ…照れの様な気持ちもあった。
それがハジと出会って恋をして、ぐっとスカートをはく機会も増えた。
やっぱり好きな男の人の前では、女の子らしく可愛らしい自分でいたい…と、漸く年頃の女性らしいお洒落心が芽生えてきたのだ。
しかし…。
幾ら、レースやフリルやリボンに憧れるとは言っても…流石にこれは…。
小夜は、スリムなスタンドミラーの前で真っ赤に頬を染めた。
目線の高さに掲げ、服の上から胸に当ててみる。
綺麗で柔らかだけれど頼りないワインレッドの生地は、最早これは着ている意味をなさないのではないか…と思われるほど薄手だった。
胸元にあしらわれた大きなサテンのリボン、綺麗な薔薇模様のレース。
ヒップが見え隠れするギリギリのラインで揺れるフリル。
しかし普段着の下にこんな透け透けのヒラヒラを着ても意味もなく邪魔なだけなのではないだろうか?
皆…普段からこんなモノを着ているの?
そうじゃなくて……。
もしかしてこれは…勝負下着って言うものなの?
恋人と…デートする時に…?
でも…。
でもでも…。
小夜は、こんなあられもないランジェリーをハジの前で着る覚悟も勇気もなくそんな場面、恥ずかしくて想像も出来なかった。
途惑う小夜に、世間ではベビードールと言う類の物である事を悪ふざけが好きな友人達はコンコンと説明した。

『でもこれはまだおとなしい方なんだよ?』
これで、大人しい?
『だって、ちゃんと隠すとこ隠してるでしょ?』
それにしては、やけにバストの部分の生地が小さくない?
それに隠す意味がないくらい透け透けだよ?
これで隠してるって言えるの?
しかもこんなに短いんだもん、パンツも丸見えだよ?
それにお揃いのショーツ……これ…よく見たらTバックじゃない!
小夜はわなわなと唇を震わせた。
小夜の持っているランジェリーはこれを基準で考えるなら、随分と大人しいものばかりだ。ランジェリーショップの店頭で、大胆なデザインのブラジャーやショーツを目にする度に、お洒落で綺麗だとは思っても、まさか自分が身に着ける事なんて想像もしていなかった。小夜にとっては、自分とは別世界の物だと思っていたのだ。
レースもフリルも可愛いけれど、こんなに透け透けなんて!!
だからと言って…。
友人一同からプレゼントされたそれを捨てる事など小夜には出来なかった。

事の始まりは、小夜がつい『日取りとか具体的な事は全然決まってないけど…婚約したの…』と口を滑らせた事が切掛けだった。小夜の左手の薬指に光る大きな桜色のダイヤモンドに辺りは騒然とし…小夜の発言を受けて…本番のクリスマスより一足早く行ったクリスマス女子会で、悪ふざけの好きな友人達からプレゼントされたお祝いなのだ。
勿論小夜だって、自分が半分からかわれている事は解かっている…けれど…。
それでもお祝いとして頂いたそれを、まさか無下に捨てられるはずもなく…。
下手な場所に仕舞って、ハジに見付けられでもしたら!!
どうしよう…。どこに隠しておいたら良いのだろう?
…それも絶対に!!ハジに見つからない場所に!!
小夜はうろうろと部屋の中を歩き回り、クローゼットの中や引き出しの奥を確かめて回った。ハジは勿論小夜の使っている引き出しを勝手に開ける様な真似はしないけれど、どこか疾しい気持ちがあるせいか、どこに仕舞っても見付かってしまいそうな気がする。
「…や、やだ…。もう帰って来ちゃう…」
はっと我に返って壁の時計を見ると、もうハジがいつ帰って来てもおかしくない時間だ。
傍らの携帯を確かめると、もう三十分も前に帰るメールが入っていた。
着信音も気付かない程、自分はこの綺麗で可愛らしいけれど、ちょっと着るのには勇気の必要なランジェリーと睨めっこしていたのだろうか…。
小夜は大きく肩で息をして、鏡の前でもう一度だけその可愛らしいベビードールを胸に当ててみる。地味な色合いのリブ編みセーターに、その赤くて光沢のある布地はとても掛け離れたものに感じられた。華奢で、華やかで、可愛らしいけれど、とても女性的でセクシーなランジェリー。
いつか、こんなセクシーで可愛らしいランジェリーを自然に着こなせるような、大人の女性になりたいと、ぼんやりと思った。もし自分がもっと大人っぽくて、どんなセクシーなランジェリーもさらりと着こなせるスタイルの良い大人の女性だったなら、ハジだってきっとその方が嬉しいに決まっている。
「…ハジだって、男の人なんだもん!」
きっとそうに決まっている。
そう呟いた次の瞬間、チャイムが鳴って玄関ドアが開く音がした。
ギリギリセーフだ。
小夜は取り敢えず下着の入った引き出しの一番奥に仕舞う事に決めて、それを行動に移した。…いや、移そうとしたのだ。
…………!
「や…やだ…」
慌てて自分の胸から外し、引き出しに押し込めようとした瞬間、嫌な抵抗を感じて小夜はふと自分の腰を見た。
ちょうど履いていたタイトスカートのホックにその柔らかな生地が引っかかっている。
ファスナーの上に取り付けられた、引っかけるだけの小さな金具がちょっと外側に開いている事は気付いていたけれど…後で直そうと思ったまま忘れていたのだ。
よりによって、こんなタイミングで…。
「小夜?」
廊下でハジが呼んでいる。いつもならすぐに迎えに出るのに、気配すら感じなくて不審に思っているのかも知れない。
「あ、お…お帰りなさい!」
小夜は慌てて返事をすると、何とか破らない様にホックから生地を外すと引き出しを開けてそれを押し込める。
バタンと引き出しを閉じるのと、男がドアを開けるのは同時だった。
「小夜?」
殆どウォークインクローゼット化しているその部屋で不自然に立ち尽くす小夜の姿に、男は一瞬怪訝な顔をしたけれど…。気を取り直したようにゆったりと微笑み、ここは寒くありませんか?と小夜をリビングへ誘った。
「ぅ…うん」
誤魔化す様に小夜もまた微笑んで、踵を返し…。
「……小夜、引き出しがきちんとしまっていませんよ」
親切すぎる指摘に、小夜が背中で隠していた引き出しをもう一度振り返ると、先程まで何度も胸に宛がってみたその赤いレースが引き出しに納まりきらずはみ出していた。
「や!!やだ!!ハジ…見ちゃダメ!!」
気が動転して不自然な程大きな声で小夜はそう叫ぶと、慌てて庇う様に背中で隠す。
「す、すみません…」
訳も解らず、部屋に踏み入ろうとした足を止めてハジは謝罪した。
「…すみません」
もう一度謝罪を繰り返し、背中を向けながら…ふと床の上に目を止める。
「……すみませんが、……その、床にも…何か…」
落ちています…と。
言い掛けて、それが何であるのかを、小夜が必死に隠しているそれが何であるのかをぼんやりと悟った。
小夜が視線を巡らすと、うっかり部屋の隅に放ったままの赤いTバックが所在無げに落ちている。
「や〜〜〜だ〜〜〜〜!!!」
思わず叫ぶ…体が熱い…。
ハジは背中を向けたまま、再度『すみません!』と頭を下げた。
慌ててその小さな下着を手に取って引き出しに仕舞う。
小夜は恐る恐るハジの背中に問い掛けた。
「…ねえ、ハジ。今……見ちゃった?……何か、解っちゃった?」
「はぁ…………その。…………凡そ…何かは…」
「……これ、私が買ったんじゃないの…。お祝いって…友達が…その…上下お揃いで。可愛いんだけど…。でも私…こんなの……似合わないし、着ないんだけど…。その……でも、捨てる訳にはいかなじゃない?……婚約した…お祝いって言われたのに…」
「……それは、………残念です」

…………残念?

「…………今、残念って?」
「………着て、見せては…下さらないのですか?」
「…っ!幾らハジのお願いだって!!それは………む…無理な相談だよ!」
「……無理…ですか?…良く、似合いそうですが…」
「だって!!……ヒラヒラのスケスケでお尻丸見えだよ!!」
余りにも憤慨する小夜に、思わず男も大きく声を震わせた。
「ヒラヒラのスケスケですから…そう言うものは良いのだろうと思いますが…?」
どすん…と、広い背中に頭突きをお見舞いする様に抱きついて、小夜は小さく小さく囁いた。
「……ハジは………き、…着たところ…見たい…の?」
ウェストに回された細い少女の手に指を重ねて、男もまた頬を染めた。
「……見せて頂けるのでしたら…ぜひ。……私も、男ですから…?」
「…………わ、私の…?」
自慢出来る様なスタイルでもないし、全然色っぽくもないのに…?
「勿論です」
即答する男の背中に、小夜はもう一度ゴツンと頭突きをお見舞いした。
「小夜…痛いです…」
「……………………」
「……小夜?」
「…………しばらく、…心の準備…させて……」
………くれる?
思い切りの気恥ずかしさと、深い愛情をこめて…。


20120613
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小夜たんのひらひらのすけすけが見たいのは私…。誰か描いて〜〜(笑)
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