彼は爪の先まで綺麗。
状況を忘れて、うっとりと溜息が零れる程…。
窓から差し込む柔らかな月の光が、大きく形の整った指先にまるで濡れたような

艶を映し出す。
白く長い指。
明らかに男性の、自分とは違う骨ばった関節。
けれどその力強い指先の印象は決して無粋なものではなく、むしろ優雅で流れる

ような仕草は繊細で…。
じっと吸い付けられる様に見入る私の頭上で、こほん…と小さな咳払いが一つ。
思わずどきん…と胸が鳴り、
まるで叱られたような気分で、私はゆっくりと顔を上げる。
…綺麗。
薄明かりの中で、解いた黒髪にくっきりと縁取られた白い輪郭。
緩やかにうねる豊かな黒髪が一筋額に落ちかかり、彼は少し困ったようにその美

しい指先で、前髪をかき上げた。
間近に覗き込まれると、思わず呼吸を忘れる。
綺麗な指先が、そっと私に伸びて…
少し伸びた髪を撫で、耳に掛ける。たったそれだけの事に、露になった頬にカッ

と血が上る。
ほんの少し肌に触れた指先の感触に、背筋に甘い衝撃が走る。
「小夜…」
穏やかな低い響き。
小さく耳元に囁かれる、穏やかな低い響き。
「…このまま、朝までこうしているおつもりですか?」
「………」
目前で、彼が微笑む。
膝の上で、ぎゅっと握り締めた両手の拳を、彼は何も言わずに掌で包み込んだ。
…………。
咄嗟に息を飲む。
彼の唇がスローモーションのように、舞い降りる。
優しく頬に触れる彼の唇。
一瞬触れただけで、瞬く間に離れてゆくキス。
「貴女がお嫌でないのなら、…私はもっと貴女に触れたいと願っているのですが

…」
そんな風に優しく微笑む彼に、私はどんな風に答えたら良いの?
「…ハジ」
嫌じゃないわ…。
とも、
私もあなたに触れたいの…。
とも、
言葉にする勇気が持てなくて、私は咽喉の奥にその想いを閉じ込めたまま、
ただ愛しい彼の名前を呼んで俯いた。
水面に生まれた波紋のように…白いシーツが、深い陰影を描いて、私達を中心に

広がっている。
「お嫌ですか?」
胸が破れそうな程にドキドキと早鐘を打って、息が止まりそう。
ハジはこんなやり取りさえ、まるで楽しんでいるみたい。
小さく笑う気配が伝わってくる。
私の気持ちなんて、こうしてベッドの上で向き合って座った時点で決まっている

ようなものなのに、尚もこんな風に私の気持ちを確かめようとする。
言葉にするのは、とても恥ずかしくて…
とても、勇気が必要で…
咽喉の奥がひりひりと乾いて苦しくって…
どうして、こんなに優しいの?
どうして…
いっそ、その強い腕の力で強引に抱き寄せてくれたら良いのに…。
「…小夜?」
じっと動かない私に、彼はそっと俯いた私の顔を覗き込んで…
「…………」
「…小夜?」
「……じゃない」
「小夜、聞こえません」
…嘘
シュバリエであるあなたの聴覚が、こんな間近で言葉を聞き漏らす筈はないのに…。
「小夜…?」
さっきのは撤回。
ハジは意地悪。
すごく、すごく。
「…嫌…」
「小夜…」
「…嫌…、じゃないって、……言ったのよ」
ほんの一瞬、ハジの表情が固まるのが可笑しい。
ほんの少し、意地悪返し。
 
月の光を映した綺麗な爪の形に見蕩れるうち、まるで波に浚われるように私の体

は、長い腕に巻き込まれシーツの海に沈んだ。
まるでスローモーションのように。
湿り気を帯びた彼の洗い髪が、ひんやりと私の首筋にまで流れ、私はその甘い香

りにうっとりと瞳を閉じた。
耳元でハジが囁く。
深く尊い誓いの言葉。
アイシテル…
アイシテル…
それはまるで呪文のように、繰り返される。
本当。
あなたに逢えて良かった。
ハジ…
私も愛してる。
私達は…
こうして夜毎に溶け合って、いつしか一つの命になってゆくのね…
 
心と体の、そのもっとずっと奥底で、私達は一つになる。
もう、離れないで…


20071009
なんていうかもう、何にも考えずに書いた超SS。短い!
いちゃつくバカップル。