タイトルなんてありません。単なるエロ連載です。
<6>
20071203


「……独占欲が強いのは…私の方だよ。ハジ…」
小夜は髪を梳くハジの腕にそっと指を触れた。
「小夜…?」
あの華やかなパーティー会場で、着飾った人々の群れの中で、どこか気後れさえ感じていた小夜をそっとエスコートしてくれた…そのさりげない気遣いや、時に堂々とした立ち居振る舞い、その上久しぶりに正装したハジの横顔は隣に居るだけで思わずうっとりしてしまう程美しくて、小夜は本当に彼が正真正銘自分の恋人なのだろうかと疑いたくなった。
しかもすれ違う人々がハジから視線を反らせずに振り返る度に、小夜の心中には漣が立ち、不安な気持ちがむくむくと大きくなっていったのだ。
けれど、そんな気持ちをハジに説明するのはあまりにも情けなくて、小夜はただ重ねた指にぎゅっと力を込めた。
ハジはそんな小夜の態度にさえ惜しみなく優しげに微笑んで、肩に垂らした小夜の黒髪を尚も丁寧に解き、小さく頬にキスを落とすと間近に小夜の赤い瞳を覗きこんだ。
「貴女のそんな表情を見られるのなら、たまにはパーティーも良いものですね…」
彼の瞳は、夜明け間近の空の色に似ている。
夜の闇からほんのりと朝の気配を匂わせる暗青色への彩り、朝焼けと交わるその一瞬の色。
その深い青の世界に、いつしか小夜はぼんやりと見惚れていた。
「小夜…?」
「…え、あ…そんな表情って…」
「とても…扇情的で…」
「ハ…ハジ…」
「いつもより…感じましたか?」
ハジの口から、その冷静な口調でそんな事を訊かれて、
小夜の顔が瞬時に赤く染まった。
ついさっきまであんなに乱れていたのに…、彼が言うとおり頭がおかしくなりそうな程気持ちが良くて…我を忘れる位…自ら足を開き腰を振っていたのに…。
ハジだって確かめるまでもなく判っている筈なのに…
どうしてそんな事を言うのだろう…。
改まってそんな風に訊かれたら、どう答えたら良いのだろう…。
「いや…そんな事、…訊かないで。…ハジ」
「どうして?小夜…大切な事です。少なくとも…私にとっては…」
「ハジ…」
真っ直ぐに見詰てくる青い瞳から逃れるように、目を逸らし体を捩ると、彼はやんわりと小夜を制して彼女の手首を捉える。決して強い力ではない、振り解こうと思えば、小夜にでも逃れられる位の弱い拘束が返って小夜の心を縛り付けた。
「いつも貴女を抱き締めながら、不安を感じていると言ったら…笑いますか?小夜…」
いつも…?
いつも…これ以上ない位優しいハジが、それでもベッドの中では主導権を譲る事はなく、意地の悪い程小夜を翻弄しているというのに、それでも彼の心の中はいつも不安に満ちているというのだろうか…?
何故?という疑問が小夜を無防備にする。
ハジはそんな小夜の細い肩を静かに抱き寄せた。
「…どうして?ハジ」
こんなに自分は彼を愛しているというのに…、その気持ちは伝わっていなかったというのだろうか…。
覗き込む瞳が揺れていた。
「いつも、求めるのは私の方ばかりで…」
「…そんな事、ないよ…私…。私は…」
「……ですから、嬉しかったのです。…貴女から求めて下さる事が…」
「…ハジ」
ハジの大きな掌が予告なく白い肌の上を滑った。
確かめるように撫で上げながら、行き着いたのは彼女のほっそりとした太股の付け根、繊細なレースを指先で辿り、その先の金具をパチンと音を立てて外す。
今更…小夜はそれをじっと受け入れ、ただ黙って覗き込んでくるハジの青い瞳を覗き返した。
「小夜…貴女の体はとても素直ですから…」
「ハジ?」
「貴女が望むと望まざるとに拘らず、やさしく抱き締められたら…拒絶できないでしょう?」
「………」
小夜の足からスルリと薄絹が脱がされてゆく。
「その上、優しい小夜の事ですから…、私が貴女を想う気持ちを知って尚拒む事は出来ない」
ハジは小夜の両足から絹のストッキングを取り払うと力の入らない小夜の体をそっと残して、立ち上がった。
「ハジ…」
「洗う前にしっかり梳かさなければ…。……ブラシを取って来るだけですから…小夜」
ハジは、ドレッサーの上から黒いヘアブラシを取るとすぐに小夜の元に戻った。
小夜の前に跪くと無言で彼女を促し、艶やかな黒髪に丁寧にブラシを通す。
もう随分昔、まだ何も知らず平和な毎日が当たり前だった頃、やはりこうして小夜の髪を梳かした事があったと、ふいに古い記憶がハジの中で蘇った。
勿論その頃、二人の関係はこんな艶かしいものではなく、小夜はハジにとって仕えるべき主でしかなかった。いくら心の中で深く小夜の事を愛していようと、まさかこの想いが報われる日が来るとは思いもよらなかった。ただ香り立つような少女の黒髪に触れるだけで、ハジの心臓は有り得ないようなスピードで早鐘を打ち、血液が沸騰しているのではないかと思う程、体温が跳ね上がった。
湯上りの、湿った髪と上気した首筋を眼前に晒されて、若い男の理性などあってないようなものだというのに、ハジの想いに気付きもしない小夜はどこまでも無防備で…。
どれだけ眠れない夜を過ごした事だろう…。
それもこれも、今となっては懐かしい思い出の一つだった。
「ハジ…」
円らな瞳がハジを見上げていた。
「違うのよ。…ハジ…。いつも、いつも…」
「…小夜?」
「……私、ハジだから。…私も、貴方が欲しいって…思うわ。…ハジしか…、欲しくないの」
「…小夜」
「………違うわ。…いつも、自分から言えなかっただけ…。貴方が求めてくれるから、それに甘えてたの。……私もハジが欲しくて、…眠れない夜だって…あるの…よ」
消え入りそうな声で、一気にそこまで告げると、小夜はぷいっと視線を反らした。
その耳朶までが真っ赤で熱を孕んでいるかのようだ。
「小夜、小夜…。こっちを向いて…」
「………嫌よ」
細い肩をそっと包むように両手で向き直らせて、照れたように俯く彼女を深く腕の中に閉じ込める。
「…心臓が止まるかと思いました。小夜…貴女の唇からそんな言葉を聞けるなんて…」
小夜はハジの肌蹴たシャツの胸にぴったりと寄り添い、ほんの小さく笑った。
「心臓が、止まるって…。シュバリエの貴方が?」
「ええ、…貴女の言葉にはそれだけの威力があります」
きつい抱擁から逃れるように下ろした小夜の腕、その指先が思いがけずハジの股間に触れる。
『貴女を抱きたい気持ちに…果てなどないのかも知れない』
つい先刻、ハジが漏らした台詞が小夜の脳裏に蘇った。
いつの間にかハジは自分だけ身なりを整えたようで、それはファスナーの下から窮屈そうに存在を主張していた。
「………すみません」
「ハジ…どうして、謝るの?」
ハジの抱擁にぎゅっと力が篭る。
小夜の髪に、鼻先を埋めるように押し付けて、ハジが囁く。
「先に…髪を……」
「いいの。ハジ…」
小夜はきつい抱擁の下から、そっとその部分へと指先を伸ばした。ほんの少し自分を抱き締める腕の力が緩むと、小夜はほんの少し戸惑ったようなそぶりを覗かせながらも、意を決したように、ファスナーの金具を下ろした。
ジジジジ…と小さな音がやけに大きく聞こえる。
一番下までファスナーを下ろしてしまうと、ボタンをゆっくりと外し、小夜はそっと指先を忍ばせた。
「小夜…愚かしい無力な男を…嫌わないで下さい…」
いやらしいとは思わなかった。
こんなにも求められている事を幸せだと思いこそすれ、そんなハジに嫌悪感など浮かぶはずも無い。
小夜は長い髪を揺らして、何度も首を振った。
「小夜…」
「髪は、後で良い。ハジ…どうしたら、良いの?」
「…小夜」
するりと甘い腕の拘束を解き、覗き込むようにして小夜が問う。
「どうしたら…」
小夜は一旦絡めた指を解き、最後まで身に着けていたロンググローブを外した。
「ハジ…ハジも、ちゃんと脱いで…。貴方に触れたいの…」
既に乱れた男のドレスシャツの胸に触れ、白蝶貝を細工した小さなボタンを外した。
「小夜、そんな風に男を煽るものではありません。……容赦、出来なくなりますよ」
「…ハジ」
              
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