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ハジの掌はゆっくりとした手付きで、優しく小夜の肌に触れる。
その感触は、まるであの時に小夜の髪を揺らした涼風のようだ。抱き寄せられ、ひんやりとした男の掌が背筋を這い登るようにして小夜の背中を撫でる。何度も繰り返し、まるで何か探し物をしている様に、小夜の肌の感触を確かめてゆく。ハジの掌は確かに冷たいのに、彼が触れた場所はじりじりと焼かれるような熱を持つ。普段何気なく…自らの指で触れるのとは全く違うその感触に小夜は戸惑ってばかりだ。その間断なく続く甘く苦しい刺激に耐えかねて、小夜の背筋が時折びくんと大きく揺れると、ハジは僅かに瞳を細めて、嬉しそうに繰り返しそこを攻めるのだ。ハジの腕の中で逃げ場を失った小夜は、ただ不自由に体を捩ってその甘く苦しい刺激に耐え続ける。
堪え様も無く、小夜の唇からは信じられないような甘い悲鳴が零れた。
「………ん、…い…やん…あ…。だ…め…。…ハ、…ハジ…」
「…小夜。…まだこれからだと言ったでしょう?」
ハジは小夜の細い腰を抱いてその柔らかな脇腹に唇を落とした。
湿った舌先が肌を撫で、鋭い犬歯が柔らかい肌に当たる。少しずつ体をずらし、小夜の片足を持ち上げるようにして、唇は脇腹から太股へと移動し、やがてその裏側さえもハジの唇がきつく吸い上げる。
両足を閉じてしまいたいのにハジはそれを許さず、小夜はじっとその部分に男の視線を感じた。
「………っハジ。ハジ…お願…い…そこは…」
見ないで…と、小夜は最早悲鳴の様に訴えた。自分自身ですら見た事のないその部分に、ハジの指が触れた。
「っ…ああっ。やっ……ハ…ジ…」
淡い茂みを掻き分けるようにして、ハジの細く長い指が小夜の柔らかな襞をなぞる。
小夜は余りの恥ずかしさに身を捩り、それでもハジの腕のから逃れられないと知ると両腕で顔を覆う様に隠した。
いやいやと身を捩る度、白い絹の上に小夜の長い黒髪が流れるような文様を描く。

「小夜…」
限界すら感じている小夜とは対照的に、ハジの声は未だ冷静なまま、その労わる声音は先程までと変わらず優しい響きだった。
やっと、再び逢う事が出来た。
この腕の中にずっと抱き締められていたい。
小夜は心からそう願っているのに、刺激と羞恥に耐え切れず小夜の体は大きく跳ねてしまう。ハジの腕はすらりと細く長いのに、そんな小夜の体を易々と押さえ込んでいる。

「や…やん。…お願い…」
「…小夜」
ハジの唇が囁く度に、太股の付け根に彼の湿った吐息が掛かる。
唇がそっと素肌に触れた。
「あっ!!…だ…め…ハジ…」
濡れた舌先が、指に代わり小夜の柔らかな部分を舐め上げる。
途端、まるで背筋に電流が走ったかのように小夜はその刺激に大きく体をしならせた。ぬるりとした感触は、未だに小夜が経験した事のないものだった。
その肩と腕とで両足を閉じる事を禁じ、ハジは小夜の花弁に丁寧に舌を這わせ、時折顔を上げては、小夜が自分では意識した事もなかった場所に、その細い指先をあてがう。意外な程容易にその先端は飲み込まれた。
「…小夜。…もうこんなに…」
濡れていますと、溢れ出した愛液を掻き混ぜるようにして、ハジは次第に深くその指先を埋めてゆく。
はっきりとした痛みの感覚はなかった。
けれど、体の内部にハジの指があるのだと思うと、それだけでもう気が変になってしまいそうな程恥ずかしい。
「い…いや。…ハジ…いや…いや…」
小夜の涙声に気付き、ハジは一旦小夜を解放した。
そして柔らかな褥の上に共に横たわると、しっかりとその細い体を抱き締めた。
涙に濡れた小夜の頬をしっとりとした口付けで拭い、深く抱き寄せてくれる。
「小夜は…本当に…初めてなのですね。指が…痛いのですか?」
優しい青い瞳が間近で小夜を労わっている。
泣いたのは痛みのせいではないと、小夜は小さく首を振った。
「……こんなの、恥ずかしい」
「…………小夜」
「……あんなところ…見ないで」
小夜の頬がますます赤く色付くのを、ハジは好ましく見詰めた。
「……では、小夜の顔だけを見ていましょう。それなら…大丈夫でしょう?」
言うや、ハジの指先が再び閉じた太股の狭間に潜り込んでくる。
ハジは優しげにじっと小夜を見詰め、その視線に耐え切れず小夜はぎゅっと目を閉じた。濡れた茂みから、まるで宝物を見付けるかのようにハジの指先が何かに触れる。
説明の付かない甘い刺激に、小夜はますます強く目を瞑ると、ハジの胸元に顔を埋めた。最初はそっと、緩々と円を描くようにして、その一点に刺激を送り続ける。
優しく撫でながら、ハジが耳元で囁く。
「こうしていると、もっと小夜の体は潤いますよ…」
「……潤う?」
「…ええ、女性の体は…心地良くなると自然に潤うものなのです」
そう言って、ハジの指はするりとその割れ目をなぞった。
促されるままに心持ち小夜がそっと両足を開くと、ハジの指もまたするりと奥に入り込んでくる。
「………私を受け入れて下さい」
再びハジの指が進入してくるその感触に、小夜は耐えた。
潤うと言ったその意味が、うっすらと理解出来る。
ハジの指がゆっくりと内壁を弄る度に、その粘度のある液体は量を増していた。
湿った音が耳に届き、そして小夜は腰の奥がむず痒い様な不思議な感覚に襲われる。最初ほどの違和感は薄らいでいた。それどころか、ハジの指先がある一点を引っ掻く度に、小夜の中に今までとは違うもどかしい何かが生まれた。
「…受け…入れるって、それが…ハジのお嫁さんになるって言うことなの?」
「…そうです。……私達は一つになる事が出来るのですよ」
いつも涼やかなハジの青い瞳がどこか熱っぽく潤むのに、小夜はじっと見蕩れた。
「私…ハジと、一つになれるの?」
そうすれば、自分達はもう二度と別たれる事はないのだろうか…と。
小夜は覗き込んでくるハジに、言い募った。
「私、ハジと一つになりたい…」
小夜の痩せた体を残し、ハジはゆっくりと体を起こした。
小さく震える膝に両手を掛けて両足を開かせると、その間から圧し掛かってくる。
導かれるままに小夜は男の背中を抱いた。
ハジは終始労わる様に小夜の額や頬に唇を落とした。するとやがて、指とは比べようもないそれが、ゆっくりと小夜の体を押し広げた。
「…ッハ…ジ」
このまま、体が千切れてしまいそうな程、小夜の全身が悲鳴を上げていた。体を押し広げられる痛みと、直に男の重みを受け止める息苦しさが、小夜の中で綯交ぜとなって小夜を雁字搦めにしてゆく。
これが、ハジの言う『一つになる』という事なのだろうか…。
「……痛っ…痛い」 
「小夜…痛むのは、最初だけです…。小夜っ…」
先端を収めて…初めて、男の口調にも浮かされる様な熱が篭り始める。汗に湿った小夜の前髪をそっと整える…覗き込むその青い瞳も、どこか熱に潤んでいた。
そんな男の表情は、小夜の痛みを一瞬忘れさせる程、艶めいている。
小夜は唇を噛んでハジに全てを委ね、広い背中に爪を立てて必死でその体にしがみ付いた。ゆっくりと腰を押し進め、ハジは時間を掛けて小夜の中に自身を全て収めてしまうと、既にぐったりとした小夜の体をそっと優しく抱き締めた。
ハジは己を収めたまま、暫く動こうとはしなかった。ただじっと小夜の様子を伺うようにして、優しく前髪を梳いてくれる。
「酷く…痛みますか?…それとも、悲しいのですか?」
そうと気付かないうちに零れていた涙を指ですくって、ハジは小夜に問い掛けた。
暗に『後悔していませんか?』と問う口調に、小夜は辛うじて首を振る事でそれを否定した。ハジがじっとしていてくれるお陰なのだろうか、確かに苦しい圧迫に息が詰まりそうではあったものの、最初に貫かれた瞬間の痛みは次第に薄れてきている。
「…動いても、宜しいですか?」
「…………ハ…ジ」
答える代わりに、小夜はしがみ付く腕にぎゅっと力をこめた。
ハジは一度だけそっと額に唇を落とし、ゆっくりと律動を刻み始める。
その優しい動きは、ハジ自身の欲求を満たす為のものと言うより、ずっと穏やかだ。その先端が小夜の一番奥に触れると、一瞬だけ圧迫感に痛みが加わる。けれどハジは決して深追いする事なく、小夜の表情からそれを察してか…身を引くと、繋がりを浅くして小夜の体を気遣っている。
痛みと羞恥に体を硬くして耐えていた小夜にも、そのハジの労わりは判る。
さらりとした黒い髪束が小夜の肩先に流れる。
ハジの香りがする。濡れた緑の様な瑞々しい香り。
彼が、導いてくれたのだ。
直接、触れ合ったのはあの幼い日一度きりであったけれど…、ハジが自ら手を引いて…迷い込んだ『人』ならざる者の世界から、小夜の住まうべき世界へ連れ戻してくれた。村の外れでそっと勇気付ける様に肩を押し出してくれた。


もう一度、ハジに会いたい…

そう思う気持ちは、小夜を強くした。
だから…、今度は、自分がハジに与えたいのだ。
小夜は刻まれる律動の下で、何とか瞳を開けるとそっとハジの首筋に縋った。
ハジはそんな小夜にそっと動きを収めると、潤んだ瞳で小夜の訴えに耳を傾ける。
「…ハジ。……ハジ、私…あなたが好き。…愛してるの」
「小夜…、小夜…」
愚かと言われれば、自分は明らかに愚かなのかも知れない。
一人で初めての恋に舞い上がっているだけなのかも知れない。
しかし彼が何者であろうと、もう一度会えた事に…運命を感じてはいけないのだろうか。あの日から、もう一度会える事だけを信じて、小夜はハジを想い続けてきた。
ただそれだけの、何の力も、何の取り柄もない…そんな無力な自分に、一体何が出来ると言うのだろう…。

それでも…。
小夜はそっとその白い腕で、ハジの背中を抱き返した。
労わるように、その冷たい肌を撫でる。
「ハジ。…愛してるの」
「小夜…」
感極まったように、ハジがきつく小夜の体を抱き締め、交わりがその深さを増す。

 

外で、ぽつりと小さな雨音が鳴った。
それは次第に数を増してゆく。
雨さえ降れば、村の田畑はやがて再び命を吹き返すだろう。
これで村人は命をぐ事が出来る。

ああ…これは命の雨だ。

そして、ハジの…小夜より以上に孤独で寂しかった男の涙なのかも知れない。


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