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「あ…あん…や…め…」
男の唇が慈しむ様にそっと小さなその突起を含むと、小夜の全身に甘い痺れが走った。舌先が意図を持ってそれを転がす。
そのくすぐったい様な、それでいてじわじわと体の中心を熱くする甘い刺激。
感じてはいけないと思う。
気持ち良くなってはいけない。
甘い痺れが背筋を駆け抜ける度、強く心にそう思うのに…ハジの与える愛撫の前に小夜の体はびくびくと震えて、力を失ってゆく。まだ知り合ったばかりの相手と…、しかもいつ誰が来てもおかしくないこんな場所で…。
こんな風に押し倒され、その甘い波に流されかけている自分に、小夜の心は酷く痛んだ。悲しくなってじわりと溢れた涙が睫にたまり、やがて上気した頬に零れる。
不意に…涙の気配を察してか、小夜の乳房を含んでいた唇が離れた。
上から圧し掛かるようにして体の自由を拘束されたまま、それでも小夜は不審に思ってぎゅっときつく瞑った目を開いた。
と、驚くほど傍にハジの瞳があった。
焦点が合わない程近い。ハジはそっと唇で小夜の涙を吸い取ると、先程と変わらず苦悩を秘めた表情で言った。
「お願いですから…泣かないで。決してあなたを泣かせたい訳ではないのです」
「本当に……あなたは、誰なの?」
「…………」
小夜の問いにハジの口は更に重くなり、そうと答えないまま再び小夜の首筋に唇を落とす。柔らかく歯を立てて耳元を擽る愛撫は、初めての小夜にでもそうと解る程優しい。抵抗するどころか、きつく唇を噛み締めなければ…つい甘い吐息すら零れてしまいそうで、小夜は懸命に男の与える刺激に耐え続けた。
白いスカートから剥き出しになった太腿に、冷たい雨の飛沫が掛かる。
解放されたくて不自由な体を捻る様にして身悶えると、乱れた両足の狭間に男の体がするりと入り込んだ。
足を閉じる事を封じられ、男の体の重みが一段と小夜に圧し掛かる。

ハジの片腕が小夜の両手首を掴み、彼女の頭上に固定する。
「い…嫌…嫌ぁ…」
腕の力は強く、小夜が抗おうにもびくともしない。けれど、小夜を覗き込む青い瞳はその有無を言わせない行為に反して、酷く心配げであり、小夜に恐れを抱いているようでもあった。
「怖がらないで…、小夜…あなたに酷い事をしたい訳ではありません」
そっと驚かさないように気を遣いながら、あいたもう片方の腕が小夜の太腿に触れた。宥めるように、ゆっくりと肌の上を撫で上げる。
急に冷えた空気と雨に、濡れて冷えた肌の上を這う男の掌は、決して熱を帯びたものではない。それなのに男の掌が肌の上をなぞる度、彼の触れた部分がじんわりと熱を孕んでゆくのが解る。
涙に潤んだ視界、うねる美しい黒髪の向こうに見上げる空は、まるで渦を巻くような黒い雨雲に覆われ、地面を叩きつけるような大粒の雨は小夜の目にもはっきりと雨粒が見えるようだ。
怖い…と思う。
しかしどこか冷静な自分が小夜の中で、ハジを受け止めようとしている。
それは不思議な感覚だった。まだ二回しか会った事のない筈の、それも他愛無い世間話を交わしただけの相手。
それなのに…。
男の与える刺激になのか、それとも冷たい外気に露出した肌が冷えた為か…小夜の背筋が大きく跳ねた。
拘束された指先までがぴくんと反応すると、ハジはその腕の力を少しだけ緩め、やがて解放した。酷い事をしたい訳ではないと言った。
これが酷い事でなく何だというのだろう…。
しかしハジはその言葉を裏付けるように、繊細な指先で恐れるようにそっと小夜の前髪を梳いた。その優しい仕草、覗き込む青い瞳の憂いを秘めた色に、小夜の心は思いがけず、崩れそうになる。
白い首筋に舌先を這わせたまま、ハジの掌は宥めるように優しく小夜の太腿を撫で、僅かに抵抗の弱まった事を感じ取ったのか、徐々に掌を内側に滑らせてその奥へと移動していった。
「小夜…」
良く響く甘い声音で、ハジが耳元でその名前を呼んだ。小夜の反応を確かめるような、許しを請うような瞳で見詰められ、小夜は乾いた咽喉を更に嚥下する。
まるで蛇に睨まれた蛙の様に、身動きも出来ずに居ると、小夜の頬を掌で包み込むように添えて、そっと唇を塞ぐ。
ぬるりと湿った舌が小夜の唇に再び進入する。
抵抗しなければ…、そう思う気持ちが端から崩れてゆく。
ざらついた舌で舌を絡め取られると、それだけでもう小夜の体は芯から蕩けるように崩れ、どうしたらこの腕を、この体を動かせるのかも思い出せない。
許しを請うように、もう一度ハジが小夜の名前を呼んだ。
返事も抵抗すらもままならず、ただ閉じていた瞳を億劫に開くと、間近に覗き込むハジの瞳が惑うように揺れている。
…ハ…ジ…?
声にならず、小夜の唇がその名前を象る。
その時、長い指がゆっくりと小夜の下着の端に掛かった。
その華奢な薄い布地を、そっとずらす様にして小夜に触れる。
「…やっん!…駄目、駄目ぇ…」
咽喉の奥に詰まりながらも唇からは悲鳴が漏れる。
その悲鳴ごと飲み込んでしまうように、ハジの唇が再び小夜の唇を捉えた。
「んんっ…ん、んぁ…」
指先は迷う事無く小夜の淡い茂みを掻き分け、その両足の付け根を撫でた。
「…い…や…嫌…嫌」
一度は治まりかけた恐怖心が再び首を擡げ、小夜はハジの口付けを払うようにいやいやと首を打ち振った。
「小夜…小夜…」
まるで囈言の様に繰り返し小夜を呼ぶ。
一旦指をおさめると、ハジはもう一度宥めるようにその白い肌を撫でた。
「…怖がらないで。……小夜…。小夜…」
甘い低音で耳元を擽る。
敏感な部分に湿った吐息を吐いて小夜の体の力を奪う。
「…ハ…ジ…」
咽喉が掠れていた。けれど小夜の唇からは、まるで呼びなれたそれのようにすんなりとその名前が紡がれる。
ハジの腕がゆっくりと小夜の足を持ち上げた。
抵抗しようにも、小夜の体はうまく彼女自身の言うことを聞かず、ただ狂おしく身悶えするばかりで、それはもう抵抗と呼べるものですらなかった。
不本意に甘く痺れる体の中心、思うようにならない体をくねらせると、それはまるで強請っているような仕草にも見える。
身に纏うワンピースは既に肌蹴け、ウェストのベルトで辛うじて小夜の体に纏わりついていたが、前開きのボタンはもう一つもとまってはいない。ハジはやがてゆっくりと、小夜の足を持ち上げた。小夜が抵抗するより早く彼女を覆っていた白いレースの下着を抜き取る。変わらず足を閉じる事が出来ないお陰で、完全にその秘めた部分が外気に晒される。
「…やっあ…」
ハジの指が小夜の淡い茂みに触れた。
さわさわと優しく撫でて、その場所を探り、難なくそこに指を埋める。
ハジの指が、大切な場所に置かれている。
それどころか、長い指の先端は既にその襞を掻き分けている。
不自然に湿った感触が、触れられる事で尚更際立っていた。僅かに蠢くハジの指先がその粘液に滑る。
緩々と掻き混ぜるように動く指先の刺激にとうとう堪え切れず、小夜は縋るようにハジの首筋を抱いた。
「や…いや…」
抱き締めたハジの髪からはしっとりと雨の夜の香りがした。
どこか懐かしい、その香りに…
『…ッジ。…って、…お…ね…が……』
小夜の中で、一瞬何かがフラッシュバックする。
それはまるで、テレビのチャンネルが一瞬切り替わる…そんな感覚で、どこか他人事のようにも感じるけれど、その中に居るのは確かに自分だと感じる。
「小夜…、小夜…」
愛しげにその名前を呼んで、あいた片腕できつく小夜の体を抱き締める。
それは、既視感なのか…。
それとも…。
緩やかに波打つ黒い髪、人知れず深海に育まれた真珠のように透明な肌。誰をも寄せ付けない気高い青い瞳。

………ハジ…

戸惑うように、抱き締めてくる男を見詰めると、敏感にその気配を察して…ハジはどこかいっそう潤んだ瞳を上げた。
「…小夜。私が必ず…あなたを守ります…」
何の前置きもなく、ハジは唐突にそう誓った。
「……?」
「…今は解らなくても…。これだけは忘れないで…。…あなたを愛しています」
そう告げると、ハジは中断していた行為を再開した。
激しく地面を打つ雨音に混じって、ハジの指の動きに合わせて、くちゅくちゅと粘性の音が聞こえる。自分のおかれた状況についてゆけず、もう半分はされるがままに…小夜はその音を耳にした。雨音の前にはほんの微かな音なのに、それは紛れる事無く小夜に届く。音を立てるそれの存在を、小夜は自分の体から分泌されたものであるとぼんやりと理解する。
それが、やがて男を受け入れる為のものである事も………。
全身に力が入らない。
どうして、こんな事になってしまったのだろう…。
けれど、明らかに自分もまた…このハジという初対面の男に惹かれていた。そんなあやふやで甘い考えが、こんな事態を引き起こしたのだろうか…。
世間知らずの自分がいけなかったのだろうか…。
しかし、今や小夜の全身を満たすのは、気だるい程に甘い陶酔ばかりで…。流されるように、ハジの施す愛撫の前に小夜は抵抗する力を失った。
「小夜…」
口付けの狭間に小夜を呼ぶ。
切なく甘い声音。次第に深く、男の指が小夜の体内に侵入する。休む事無く丁寧に小夜の襞を探り労わるようにゆっくりとその場所を解してゆく。
口付けが解け小夜に更なる快感を与えようとハジの唇が再び彼女の胸を吸った。
鋭い刺激が腰を走り抜ける。
甘噛みされる度に、自らが濡れているのが解かった。
いつしか小夜を解す指は二本に増え、それでも十分に潤ったそこは柔軟にハジの指を飲み込んでゆく。
ハジは慣れた手付きでゆっくりと抜き差しを繰り返し、しっかりと粘液に濡れた指先で小夜の感じやすい場所を的確に見つけ出した。
茂みと柔らかな皮膚に隠された突起。
最初はそっと、ハジはその場所に指を置いた。
ぬめりを楽しむように、指の腹で緩やかに摩る。
それだけで、小夜の全身には電流が流れたような強い刺激が走った。
「やっ!!…止めて。い…や…ハジ…。ん…んん…」
思わず上がりそうになる甘い悲鳴を、唇を噛む事で耐える。何の躊躇いもなく小夜の唇から自らの名前が零れた事に、ほんの少し表情を緩ませて、ハジは尚も執拗に小夜の快感を煽る。
「…我慢しないで、小夜。…もっとあなたの可愛い声を聞かせて…」
「…だっ…て…。い…や…んん…あっ…」
刺激の強さにぎゅっと目を瞑る。
と、そこは真っ暗な闇。
闇の中で、何かがゆうらりと靡く。
真夜中のような漆黒の闇に紛れてふわりと風に舞うようなそれ…。
次第に目が慣れると、闇の中に浮かび上がる影。
血の気すら感じられない透明な肌、深い水の底のような青い瞳…。
 
……小夜
 
低く…良く響く声で小夜を呼ぶ。
 
…………小夜
 
甘みを帯びて切なくなるような、彼の声音。
 
…ハジ…
……ハジ…私…
 
訳も解からず溢れてくる涙を、小夜は堪える事が出来なかった。無理やり組み敷かれているからではない。
何か…、何か…。
手を伸ばせばすぐ届きそうなところにその答えがある筈なのに、どんなにもがいてもそれに届かないもどかしさ。
涙に潤んだ瞳を開けると、歪んだ視界の中でハジが困ったように微笑んだ。
その微かな笑みは、小夜の心に理由の解からない安堵を齎した。
雨音は止む事がない。
荒々しくも、それは乾いた大地を潤し染み渡って…生きとし生けるものその全てにとって、訳隔てなく慈雨となる。見詰める眼差しに答えて、小夜は彼の名前を呼んだ。
 「…ハジ」
その小さな呟きは、嘘のように穏やかな音色で響いていた。
「…ハジ」
自分の唇から零れたその響きは、小夜自身も耳を疑う程甘い響きを帯びていた。

…私、………私。
……私、ハジを、知っているの…?

                □5へ□