お風呂の続き



ぱしゃん…。
小夜の指が湯を跳ねる。
浮力を借りて、小夜はやけに滑らかな身のこなしで浴槽の中で身を翻した。
俯せに浴槽の縁に両腕を掛けて洗い場に身を乗り出してくる。
浴槽の縁に胸こそ隠れているものの…彼女の白い背中、ウェストの括れから豊かなヒップのラインが薄らと薔薇色に染まった湯の下で揺らめいて見える。
「小夜…?」
伸びた指先がすいとハジの腰から白い泡をすくい、先程から盛んに指先の泡を口で拭いて飛ばしては遊んでいる。髪を洗いながらではろくに窘める事も出来ないまま、ハジはそのくすぐったさに耐えていた。先程まではあんなにも怖がっていたのに、明るいバスルームの湯気の中で少しは気も晴れたのだろうか。
「…小夜」
いい加減にしてください…。
男のやや非難めいた声色もモノともせず、小夜はうっとりとした表情で呟く。
「ハジ。…本当に肌綺麗だよね…。……もう、女の子の立場なくなっちゃいそう…」
そんな事を言って、泡をすくっていた人差し指を伸ばし、つん…と男の脇腹を突く。
そんな悪戯な指先をさりげなく避けて、ハジはシャワーの水流で勢い良く髪の泡を綺麗に洗い流し、漸く顔を上げた。
「…小夜…?」
「無駄なお肉なんて全然ないし…。なんだか不公平だよ…」
どれだけ自分がダイエットに苦心している事か…と、ぶつぶつと零す。
食欲旺盛な小夜が、口で言うほどダイエットをしている様には見えなかったけれど、一応は気にしているという事なのだろう…。
「…男性と女性では体のつくりが違いますよ。元々の筋肉の量が違うのですから…」
これはこれまでに何度も繰り返された会話だ。
筋肉の量が違えば、消費するエネルギーの量も違う。
ハジは元々太りにくい体質なのだ…。
しかしだからと言って、勿論小夜が太っていると言う訳ではない。
きゅっと括れたウェストにお椀を伏せた様な形の良いバスト、丸く張りのあるヒップ、女性らしい柔らかな曲線を描く体のラインは扇情的で、男の目にはたまらなく魅力的なのだけれど、小夜に言わせればその柔らかな肌の弾力すら無駄な贅肉と言う事なのだろうか…。
『小夜は今のままで充分に魅力的ですよ…』
そう、喉から出かかった言葉を、ハジはギリギリのところで飲み込んだ。
こんな場所でそんな事を言っては、まるで下心がミエミエではないか…。
その気にならないのも失礼な気がするけれど…しかし…。
小夜に無言で促して横に詰めさせて彼女の隣に並んでゆっくりと湯に浸かると、浴槽から音を立てて湯が溢れる。
ハジが隣に並ぶと…先程の大胆な行いが嘘の様に…小夜は僅かに身じろぎ恥ずかしげに胸を隠してぎゅっと膝を抱えた。
その仕草の、愛らしく扇情的な事…。
小夜は一体どこまでが無意識で…どこからが計算なのだろう…。
例え仮に、彼女のこの態度全てが自分をベッドへ誘う為のシナリオだったとしても、ハジにとってはどちらでも同じ事だ。
それほど、ハジは小夜を溺愛している。
ああ、もし彼女が世界一の悪女だったとしても構わない…そう思える程。
ハジにもそれなりに、自覚があるのだ。
そんな自分の想いを紛らわす様に、ハジはすっと小夜から視線を逸らした。
「………………。先に上がります…」
忍耐にも、限界と言うものがある。このままではその欲望を胸の中にとどめておくことも難しい。今ならばまだ、体の奥に燈りかけた欲望の炎を小夜に知られる事なく消し去る事も出来る。
まだ浴槽に浸かったばかりであるというのに、ハジはその場を逃げる様に立ち上がった。
勿論、二人の関係は恋人のそれなのだから、気持ちのままに振る舞って小夜を抱き締める事も出来る。けれど、これではさっきまであんなに怖がっていた小夜の弱みに付け込むようで、そんな自分の大人げの無さに嫌気がさしたのだ。
「…もう…?」
今、入ったばかりなのに?
と、小夜が無邪気に微笑む。
「……私が先に上がらないと、小夜も上がれないでしょう?」
上せてしまいますよ…と、苦笑して誤魔化した。
先に入浴を済ませていた小夜は、体を流すのみでずっと湯船に浸かっているのだ。
「…あ、…ぁの」
何か言いたげな表情のまま、きょとんと首を傾げる。
その無邪気さが、尚の事男を煽るのだ。
「……このままでは、貴女の嫌がる事をしてしまいそうですから…」
「……………」
小夜が不思議そうな顔をしている。
まさかその意味が解らない筈もないだろうに…。
けれど、小夜の答えはハジの予想とは反していた。
「……あ、……あの…。……嫌がる事…なんて…。……私……」
「……………」
「…………ハジになら…、私…」
何をされても…
………………良いって…、思ってるよ。
「……………」
小夜も、またゆっくりと立ち上がる。
じっと固まる男の頬にそっと指先を伸ばす。
ハジは自分の頬に触れた指先を強く捉えた。
先程まで、あんなに隠していた可愛らしいバストが、誘う様に湯気の中でぷるんと揺れている。
「……す、………する?」
顔を真っ赤に染め、震える声でそんな風に聴かないで欲しい。
こんな時男は何と答えれば良いのか…。
酷く間が抜けている…。
小夜がどういうつもりであれ、結局自分は彼女の放つ瑞々しい色香に惑わされる運命なのだ。
男は困った様に眉を寄せ…そっと身を屈めて、赤い唇に口付ける。
舌を絡めると、それはもう始まりの合図なのだ。
 
 
□□□
 
 
洗いたてのバスタオルに体をくるんだまま、小夜はヘッドボードに背中を預けて座っていた。大判のタオルからしなやかに伸びる健康的な足を悩ましげに崩し、男を待つ様に両手でバスタオルごと体を抱いている。
ハジは腕と膝を付いて、小夜に身を寄せた。
ベッドの上に腰を下ろした小夜と、ちょうど目線が合う。
許しを請う様にそっと彼女の頬に唇を寄せると、小夜が小さく笑った。
「ハジ、まだ髪が濡れてる…」
ぽたぽたと滴の垂れる長髪に小夜が優しく指を絡める。
「…小夜、本当は怖い番組を観たなんて…嘘なのではありませんか?」
帰宅してからここまで、どこか小夜の掌の上で良い様に遊ばれているような気がしていた。けれど小夜は男の意図を全く理解していない様子で、きょとん…としている。
「……どうして?…さっきどんな内容か教えてあげなかったから?」
「…いえ、良いのです。……小夜がもう怖くないのでしたら…」
「…ハジが一緒に居てくれれば、怖くないよ…」
嬉しそうに微笑む笑顔には敵う筈もない。
ハジもまた応える様に微笑んで、そっともう片方の腕を除けさせると小夜の体からバスタオルを剥いだ。
白く柔らかな胸の谷間、ぽつんと自己主張する乳首の淡い色。
「………ハジ」
「……とても、綺麗ですよ。小夜…」
彼女自身に自覚は無いのかも知れないけれど、小夜は本当に綺麗だった。滑らかで張りのある柔らかな肌は吸いつくような手触りで、無意識の媚態に女性らしい体の曲線が強調される。感嘆の溜息を吐いて、ハジはそっと掌を添わせた。
髪からまた一滴、ぽたりと小夜の肌に落ちる。
「…あ、……ハジ」
滑り落ちるそれを負う様に指先を滑らせると、ほんの少しの刺激にも大きく髪を揺らす。
折角乾きかけていた小夜の髪もまた濡れていた。指先で前髪を撫で上げ、彼女を少し幼く見せる丸い額に唇を落とす。円らな瞳が間近で瞬いた。
「ハジ…」
先程から、小夜は切なく男の名前を呼ぶばかりだ。
まるで化粧っ気のない素肌、湯上りの所為かいつもより一層上気した赤い頬、濁り気のない黒く大きな瞳、縁取る長い睫毛、少し太めで凛々しい眉。
何の疑いもなく、真っ直ぐに自分を見詰めてくれる小夜が愛しくて、ハジは思いの丈を伝える様に愛らしい唇に唇を重ね、舌を絡めた。
「……んっ、……んぅ…」
口付けの最中、大きな掌で小夜の形の良いバストを包み込み、優しく捏ね上げる。
勿論、ハジは小夜以外の女性の体も知っている。
けれど、こんなに柔らかな肌は初めてだった。
小夜の体は繊細で、壊れ物の様で…。少しでも乱暴に扱えば、その肌に痛ましい痕を残してしまいそうで、口付ける時はいつも細心の注意を払う。
そっと柔らかな耳朶を食んで、首筋に舌を這わせた。
「っ…や、……あぁ…ン…」
肌に触れる吐息やざらついた舌先の感触、そして飽きる事なく胸をまさぐり続ける男の愛撫に、小夜は徐々に悩ましく体を震わせて、やがて半開きの唇からは甘く熟んだ嬌声が零れ始める。掌と指と、そして唇とで、小夜の体を確かめてゆく。
ずるずると落ちてゆく体をヘッドボードに縫い付ける様に腕を取り、押し付けて露わになった脇の下にもまた舌を這わせる。体の隅々までその感触を堪能し、小夜の初々しい反応を確かめる。
「ゃ…あっ…!…ハジ…」
小夜が自らの意思を示し男の緩い拘束を振り解くと、彼女もまたハジの事が愛しくて堪らないと言った様子で、自分を抱く男の首筋に両腕を絡めてくる。
ぴったりと体を添わせるようにして覗き込んでくる瞳とぶつかって、ハジは体の奥から込み上げてくる熱い感情をどう処理して良いかすら解らなくなる。
「ハジ…。大好き…」
「…小夜」
本当に彼女は自分の無意識の言動が何処まで男を誘惑するのか解っていないのだ。
そんな風に、言葉足らずに…けれどそれ以上無いストレートな言葉で愛を告げる。
他にどう表現したら良いのか解らない…と言った表情で、真っ直ぐにハジを見る。
「……私の…嫌がる事って…?」
……何?
とろんと甘く潤んだ瞳で、小夜が囁く。
その声は囁く様に掠れていた。
それは『こんなにあなたが好きなのに?』と暗に男の事を責めている様でもあり、またハジが自分の嫌がる事をする筈などないと信じ切っている様でもあった。
「小夜…」
だから…そんな風に、男を煽るものではありませんと…。
しかし、その思いとは裏腹に…男の内側に潜む欲望は際限なく小夜を求めている。
彼女のもっと美しく感じる様を知りたいと思う…もっと淫らに乱れる痴態を…。
ハジは小夜の足に手を掛けて膝を立てさせると、大きく開く様に促した。
今まで秘められていたその部分が隠すものもなく露わに暴かれる…言葉通り小夜は素直に従いながらも身を竦ませて、羞恥から逃れる様に顔を背けた。
黒く淡い繁みの下で小夜の襞が濡れている。
落とした室内の照明にさえ、艶やかに濡れた様子が浮かび上がる。
ハジはじっと顔を近付ける様にして、小夜のその部分に視線を注いだ。
薄らと充血し赤く色付いたそこは、本当に花弁の様にさえ見えた。
自分にしか許されないその場所に、思わず触れて口付けたい衝動をぐっと堪える。
「…や、そんなに…じっと見ないで…」
「…色付いて……とても綺麗ですよ。…小夜」
恥ずかしがる事など一つもないと言うのに、小夜はギュッと目を閉じて男の視線に耐えていた。そんな様が尚更可愛らしくて、少し意地悪をしてみたくなる。
「どこが気持ち良いのか…教えてくれませんか?……小夜…」
「……え…、そ…んな……。……無理…」
「どうして…?」
ハジは優しく微笑んで、小夜の手を取るとその部分へと導いた。
今にも泣きそうな表情で訴えるけれど、どれ程初々しくても彼女にも欲求はある。
時に独りで慰めたりする事は無いのだろうか…それは決して賤しい事ではなく、少女が大人の女性に育ってゆく過程の一つではないだろうか…。
そんな小夜を見てみたかった。
愛しているというのなら…自分の前で、隠す事無く全てを曝け出して欲しい。
「…小夜」
名前を呼んで優しく促す。
本当に小夜はどうして良いのか解らないかのように、導かれた指先をピクリとも動かさなかった。仕方なく、ハジは戸惑う小夜の指に指を重ねた。
ゆっくりと円を描く様に彼女自身の指で触れさせてみる。
小夜は為されるがままに、淡い繁みを撫でた。
「…………あ、んぅ…」
柔らかく甘い吐息が彼女の唇から零れた。羞恥に耐えられない様に瞼は固く閉ざしたまま、指先が齎す感覚に次第に翻弄され始める。
「…何も…考えないで……」
「……ハ…ジ」
流される様に、次第に小夜の指が自らの意志で蠢き始める。
鼻に掛かった声ですすり泣きながら、最も敏感な突起に触れると小夜の背筋が大きくぐらりと揺れた。
「あ…あぁ…。や…いや…」
小夜の顔が耳まで染まっている。
嫌々と髪を揺らして首を振りながら、それでも一旦感じ始めた体から指を外す事は出来ず、とろりと新たに溢れ出した蜜が男を誘う様に艶を放つ。
「…ハジ」
助けを請う様に、小夜が薄らと瞳を開いて男を呼んだ。
自分ではもうそれ以上どうしたら満たされるのかが解らないのだ。
ハジは、そっと指を重ねた。そうして何れ一つに繋がるべきその潤った秘孔に触れさせる。自らの流した蜜の多さに驚いた様子で、小夜が息を詰まらせた。
ぬるぬるとしたそれが滴り、シーツまで濡らしている。
「……どうして欲しい?…小夜…」
「……ぁ、…ハジ…。………欲しい…」
欲しい…。
それはハジも同じ気持ちだった。
早く小夜と一つになりたい。
けれど…まだ、足りない。
「もう少し…小夜…」
恥じらう小夜をもっと見たくて、ハジは小夜の指を取ると欲しがっているその場所へ埋めさせる。
「…自分で指を入れてみるのは…初めて?」
小夜は顔を逸らしたまま、ぶるりと全身を震わせた。
小さく頷く。
「…小夜の中は、柔らかくて…温かで…。吸い付く様に…良く締まります…」
「………ハジ」
「……………早く、この中に入りたい」
「…ハジ」
言葉とは裏腹に、一向に体を繋ごうとはしない男に焦れた様に小夜は啜り泣いた。
「…ハジ」
指を外して強請る様に、小夜が男にしなだれかかる。
「でも…まだですよ…。焦らないで…」
震える小夜の体をハジは俯せにさせると、丸いヒップを高く突き出させる。
無防備な姿で…小夜は身を震わせながらもハジの言うなりに大人しく身を任せていた。
ハジは身を屈める様にして、ちろりとその部分に舌を這わせた。
既に滴るほどに濡れて、ハジを欲してひくひくと痙攣する。
ハジはじっくりと慣らしながら、長い指をその中に埋めた。
絡み付く襞をかき分けるように、小夜の感じる部分を探り当てる。
「っ!!……あ…っん!!」
指一本では足りないのか、もどかしげに腰を揺らして小夜が応え…指を増やすと、ぎゅっと締め付けてくる。たっぷりと濡れた小夜の中を指で掻き回すと、小夜のほっそりとした太腿に蜜が零れた。
小夜の蜜は枯れるという事が無いのか…。
シーツにまで達するそれを、ハジは唇を寄せて舐め取った。
しなやかな背中に覆い被さると、既に大きく変貌を遂げた彼自身をまるで焦らす様に押し付ける。
「…ハジ!」
お願い…と、それを懇願する。
どうして挿れてくれないの?…と、切なげに体を揺すってハジを強請る。
そんな小夜に、背後から耳元に囁く。
「…愛してる。……小夜」
低く…深く…。
「…お願い…。…ハジ…」
「……我慢出来ない?」
「……………ん」
「……このまま、挿れても宜しいですか?」
「……ハジッ!」
悠長な男の口調に、小夜が首をひねる様にしてハジを見る…その薔薇色に染まった頬に涙が零れる。
少々、意地悪過ぎただろうか…。
いつもベッドの中ではなるべく彼女の気が済む様にさせているけれど、日常は小夜の無意識にどれ程悩まされている事か…。
そう思えば、時にこうして彼女を翻弄するのも許されるのではないか。
崩れそうな細い体を片腕で支え、ハジは指を添え自身の先端を小夜のその場所に押し当てた。ぬるりとした感触に息を弾ませて少しずつ侵入させる。
「あっ…。あぁっ…ン…。ハジ…」
「……小夜。……小夜」
強く締め付けられる感覚に、気が遠くなりそうな快感を覚え…、ハジは小夜を気遣いながらもその快感を追う様に抽出を始める。
「…ハジッ、……あぁ…あ、…ハ…ジ…!!」
小夜の一番深い場所を抉る様に貫く…小夜は喉の奥から零れる嬌声を堪える事が出来ず、髪を揺らして乱れた。こんな獣の様な体位で愛し合った事は数えるほどしかない。
行為自体にはすっかり慣れた小夜も勝手が違うのか…気を付けて支えてやらなければそのままベッドに崩れ、するりと逃げる様に抜けてしまう。
小夜は最初から腕で自分を支える事も出来ずシーツに上半身を沈め、枕を抱く様にして男の与える衝撃に耐えていた。
「や…、ゃ…あっ…。あ…ッ!…ハジ…ハ…ジ…」
敏感な小夜は、うわごとの様に男の名前を呼びながら…ものの数分でがくがくと大きく体を震わせて果ててしまう。一つに繋がった部分がぎゅっと締め付けられる。内壁がビクビクと痙攣するのが解る。
ぐったりと全身から力が抜けて緊張が解れてゆく。
けれど、ハジはまだ足りなかった。
「……ハ…ジ」
脱力した体を解放しシーツの上にそっと寝かせると、ハジは小夜を覗き込んだ。
「…まだですよ。……小夜」
薄らと開いた瞳が男の姿を映した。
愛しくて堪らない。
溢れ出す感情の波を押し留める事が出来ず、男は再び小夜の両足を抱え上げた。
達したばかりのそこに、もう一度押し当てる。
「…ハ…ジ…」
細い腕がハジの首筋を抱き寄せる。
応える様に唇が象る。
…ハジ…、愛してる…
それはまるで、魔法の言葉だ。
小夜以外の誰が、こんな風に自分を満たしてくれただろう…。体を繋ぐ…たったそれだけの行為にも拘らず、そこには何にも代えがたいものが存在する。
小夜が自分に寄せてくれる深い愛情と信頼。
そして、そう言った温かなものが、自分にも満たされている事に気付かせてくれる。
「小夜…」
深い幸せを噛み締めながら、ハジは再び小夜を深く貫いた。
 
 
□□□
 
 
小夜は鼻先をハジの胸元に押し付ける様にして、しがみ付いている。
そして時折、『大好き…』とか『良い香り…』とか、何の脈絡もなく呟いては、うとうとと眠りに落ちかけ、そしてまたとろんと潤んだ瞳を上げる。
そんな小夜が可愛くて、ハジはそっと囁いた。
「もう…このまま眠ってしまっても構いませんよ」
「……ぅ…ん、………でも…」
彼女はまだ明日の支度も、キッチンの最後の始末も済ませていない事を気に掛けているのだ。
小夜が嫌がらない…と言うのを良い事に、つい何度も愛してしまった。
流石のハジも今更起き出して、キッチンの後始末をしたり明日着る服の心配をする気は起きない。やり残した事は明日の朝少し早く起きて片付ければ良い。
シーツの中なら伸ばした手で目覚ましを取り、アラームの鳴る時間を一時間早く設定し直す。一時間早く目覚ましが鳴れば、例えすぐにベッドを出られなくても、遅刻する様な事にはならないだろう。
ハジもまた、小さく欠伸を零した。
腕の中で、不意に思い出したように小夜が頭をもたげた。
他にも何か心配事があっただろうか…。
湯沸しのスイッチも、浴室の照明も確かに切った覚えはあるし、換気扇も一時間のタイマーを掛けた。
しかし、小夜が気にしていたのは全く別の事だった。
「ねえ、ハジ?…明日はもう少し早く帰れそう?」
「……そうですね。…多分、一緒に夕飯を食べられる位には帰れるつもりで…」
努力します…。
「……今日の番組、ちゃんと録ってあるから、明日の夜一緒に観よう?」
ね…良いでしょう?
と、念を押す。
「…………………」
録画してあるなら…。
どうしてわざわざ一人の時に観たりするのですか?
たかが三十分リビングに一人でいられないほど怖がりの癖に…。
…とは、口に出さなかった。
質問してみたところで、小夜は間違いなくこう答えるのだ。
『だって、観たかったんだもん!』
何しろ世の中には『怖いもの見たさ』と言う言葉があるくらいなのだから…。
多分、そこのところは一生自分には解らないだろうけれど…。
「…よく一人で観られましたね。……小夜?」
…………………
返事はない。
いつの間にか安らかな寝息を立てている小夜の愛らしい横顔に、男はそっと口付けた。
………小夜の無邪気な矛盾。
あどけない寝顔。
そして呆れた様に苦笑を零す。
勿論小夜にではない、自分に呆れたのだ。
なにしろ男は…彼女のそんな矛盾でさえ抑えようもなく愛しているのだから…。
「全く、貴女には敵いませんね…」
小さな呟きに、小夜の寝顔がほんの少し綻んだような気がするけれど…?
それは多分、自分の気のせいという事にしておきましょう…と。
ハジもまたゆっくりと息を吐いて瞼を閉じると、小夜の髪に頬を寄せた。
甘い香りが男を満たす。
どちらにしろ、幸せだという事に変わりはないのだから……。
 
                   《了》

20110912
ちょっとした気紛れから、ブログに載せた「小夜たん怖い番組を観る」(いつからそんなタイトルが…?)の続きでした。
気紛れで書き始めたのに、思いがけず裏まで書く事になり、しかも表なんかすごく短いのに裏8000字って…自分を呆れます。
最初の頃の仔うさぎハジってもっとクールだったように思うんですけど、もう最近は小夜たんにベタ惚れと言うか…デレデレでお恥ずかしいです。
それにこちらを更新するのも、物凄く久しぶり…。
ああ、なんか恥ずかしいなあ〜。
あんまり書いてると、パターンが…。
大体やる事は一つなんだしね(爆)
ああ、もう嫌わないで下さい!って気分満載です。
ここまで本当にありがとうございました!!

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