残 像




カサカサと軽い音を立てるコンビニの袋を探ると、一番底

に線香花火の小さな袋が入っていた。

小夜は、その小さな細長い包みを手にして、『そう言えば

…』と、先程立ち寄ったコンビニでレジを済ませた時の事

を思い出した。


アルバイトらしき若い女性店員は、慣れた手付きでかごの

中の缶ビールとミネラルウォーターのボトル、それからア

イスクリームのカップ数個のバーコードを読み込むと、白

い半透明のビニール袋に入れ、最後に、
『一枚どうぞ。オ

ープン記念のスピードくじです』
と、派手なロゴの張られ

た箱を差し出した。
小夜は何の気なしに、差し出された箱

から一枚を引き抜いた。


それがアタリなのかハズレなのか定かではないけれど、店

員は早口に何事かを告げてその小さな線香花火の包みをビ

ニール袋に入れた。


小夜の意識は、既に外で待つ恋人の元に吸い寄せられてい

て…何を貰ったかなど、気にも留めていなかったのだ。


さほど広くも無いダイニングテーブルの上に無造作に取り

出した品物を、急いで冷蔵庫にしまうと、改めてその線香

花火の包みに見入る。


緑、赤、黄色、そして濃い藍色…

透明なビニール袋に入った細い線香花火の、どこか郷愁を

帯びた色合いを見ていると、無性にどこかへ帰りたいよう

な気がしてくるから不思議だ。


生粋の日本人だと言うならまだしも、小夜には線香花火に

まつわる思い出さえ一つもないと言うのに…


急に、エアコンの冷気が肌を刺すような気がした。思わず

キャミソールから剥き出しの両肩を腕で抱き締めると、今

まで背中を向けていたハジが何も言わずその細い肩にカー

ディガンをかけてくれる。

「…ハジ」


彼は昔からそうだった。

決して言葉数は多くないのに、きめ細やかな配慮で小夜の

事を見守っている。


「…少し上げましょうか?この部屋は冷え過ぎです…」


「……ん」


エアコンのリモコンに手を伸ばす。そんなハジを横目に…

曖昧な返事を返し肩のカーディガンを羽織り直すと、小夜

は所在無げに二人掛けのソファーに腰を下ろした。


程良いスプリングに体が沈み、深く凭れると、張り詰めて

いた体の力がゆるゆると抜けてゆく。
背を向けた小夜に、

ハジはぐるりと回りこんで、小夜の顔を覗き込むように肘

掛に半分だけ腰を預けた。


透き通る海のような瞳の青さは昔と変わらない。

いや、以前よりずっとその色は思慮深くて穏やかだ。小夜

が眠っている間に流れた三十年と言う月日の重みを、時折

そんなところで実感する。

「大丈夫ですよ。小夜…単なる検査入院だと言っていたで

しょう?」


「…だって…。カイは倒れたんだよ…」


「ええ、しかしそれは単なる睡眠不足と暑気中りだと先生

も仰っていたでしょう?来週に予約していた健康診断の予

定を早めてついでに全部済ませてしまうだけだと…」


「だって…」


「さっき顔を見てきたばかりではありませんか…」


不安な瞳で見上げる小夜の姿は、三十年前と少しも変わら

ない。


けれど小夜が、彼女にとっては束の間のまどろみにたゆた

っている間に、確実に時は流れているのだ。


既に亡き養父ジョージの年齢を超えてしまった義兄のカイ

は、小夜の隣に並べば誰も兄妹だとは思わないだろう。
50

歳を過ぎ、以前より幾分短く刈った髪には白いものが混じ

り、その表情は歳相応に深みを増

し、柔和なものとなった。


小夜が目覚めた時、一瞬血の繋がらない養父ジョージの面

影を重ねてしまう程に。


あの空しい戦いから30年余りの年月が過ぎ、小夜が目覚め

ると彼女を取り巻く環境は嘘のように穏やかなものに変わ

っていた。


30年という長い年月を経て再会を果たしたハジとの生活は

主と従者始祖とそのシュバリエと言うそれまでの関係だけ

に留まらず、長い間お互いの心の奥底に秘め続け、口にす

る事すら叶わなかった相手への想いを通わせるに至った。


今ではハジは小夜にとって今まで以上に傍に居て欲しい存

在だった。


初めて恋人として共に暮らす穏やかな日々。


そんな穏やかな日々に突然ふって沸いた椿事。


小夜の義兄であるカイが突然OMOROの調理場で仕込み中に
倒れたと言うのである。


「知っていますか?カイが寝不足なのは、夜中までテレビ

ゲームに夢中になっていたせいですよ…」


いい年をした大人がゲームのコントローラーを握り締めて

テレビにかじりついている様を想像したのか…、小夜と同

じ様に眠りに就く事こそ無いものの三十年前から 少しも

容姿の衰える事のない青年…ハジは、その聡明な海色の瞳

をそっと細めて小さく笑った。


それは明らかに小夜を安心させる為の微笑で、小夜はそん

なハジの心遣いを嬉しく思う…けれど、彼女の心の影が完

全に払拭される訳ではなかった。


尚も不安の色が消えない小夜の額に、背を屈めてそっと唇

を落とす。


「…ハジ?」

「心配性ですね…。私は……あなたのそんなところも可愛

らしいとは思いますが…小夜…」


間近に覗き込むハジの首筋を、小夜が思いがけず両手で抱

き締める。

バランスを崩しかけ、慌てて腕を突いて耐える青年に小夜

は乞う。辛うじて聞き取れる程の小さな声で…


「何も考えたくないの…。抱いて…ハジ…」

まだ陽の高いリビングのソファーで、小夜がそんな風にハ

ジを求める

のは珍しい。けれど、ハジには何事でも無いような…冷静

な態度を崩す事無く、まるで髪に絡まる小枝を払うような

気軽さでその求めに応えた。


そっと口付けて長い指先で優しく小夜の前髪を整えると、

円らな黒い瞳が真っ直ぐにハジを見上げてくる。縋るよう

なそれを真っ向から受け止めて、今度はハジが小夜に問う。


「ここで?それとも、ベッドへ行きますか?」

「………」

一瞬戸惑うその隙にハジは小夜の横に座り直した。

「たまにはここで…我を忘れますか?」

「…ベッドに連れて行って、ハジ」

小夜が鼻に掛かる甘い吐息でその名前を呼ぶと、それが合

図のようにハジは小夜の細い体をすっぽりと腕の中に抱き

締めた。彼女の理性を一枚ずつ剥がしてゆく様に濃厚な口

付けを施して、そのままふわりと抱き上げる。


無言のまま、寝室のドアを上げると広いベッドの端に小夜

の体をそっと下ろす。


柔らかなスプリングに受け止められた小夜は大きく肩で息

を繰り返すと、不安げな瞳でハジをじっと見上げていた。


まだ眩しい夏の太陽が衰える事の無い午後のひと時。

寝室とはいえ、白いレースのカーテンから零れる光は十分

に室内を明るく照らしている。昼間の光に全てを晒す事に

躊躇しているのか、そのまま身動き一つ出来ずにいる小夜

の隣に、ハジは並んで腰を下ろすと固まった小夜の緊張を

解すようにそっと肩を抱き寄せた。先程羽織らせたばかり

のカーディガンをするりと肩から脱がすと、白い肩が剥

き出しになり、ハジの大きな掌はその滑らかな感触を楽し

むように何度もその皮膚の上を撫でる。


たったそれだけの事で、次第に薄らと開いた小夜の唇から

はやるせない吐息が零れ始めた。ぎゅっと閉じた瞼を縁取

る長い睫が震える。


ハジは両手で小夜の頬を挟みこむようにして間近に覗き込

むと、目尻に浮かんだ涙の粒をそっと唇で吸い取った。


何も考えたくないと言った小夜の願いを叶える為に、ハジ

は庇うように支えながらも有無を言わせない力で小夜の体

を背後に押し倒した。


繰り返し、長い指先で小夜の前髪を梳き、その額に唇を落

とす。


「ハジ…。暗くして…お願い…」

シュバリエの彼の瞳には関係ない事は解っているけれど。


「すぐに…気にならないようにして差し上げます…」

「ハジ…」

「それがあなたの願いでしょう?」

やんわりと小夜の願いを却下して、唇を塞ぐ。

弾力のある小夜の唇をこじ開けるようにして、舌先を口内

に滑り込ませ、きつく舌を絡めると肩先を彷徨っていた掌

が薄手のキャミソールの裾から滑り込んだ。柔らかなバス

トの膨らみを包み込むと、途端に彼女の体は水から上がっ

た魚が跳ねるようにびくんと大きく背を撓らせた。


「あ…んん…」

「声を我慢しないで…小夜」


華奢な小夜の体を労わりながらも、強い力で抱き締める。

際立つ柔らかな胸の谷間に顔を埋めるように、ハジは優し

く口付けを繰り返す。


どれほどの時が流れても、彼女の肉体は永遠に少女のまま

衰えると言うことを知らない。どんなに想い焦がれても、

男としては触れる事の叶わなかった小夜の体を抱き締める

と、それだけでもうハジは胸が苦しくなる。

小夜を抱くのは勿論これが初めてではない。

小夜が目覚め、こうして想いを打ち明けあって共に暮らす

ようになり、初めての夜を迎えて以来、もう数え切れない

程二人は肌を重ねてきたと言うのに。


まるで男に抱かれる為に生まれてきたのではないかと疑い

たくなる程小夜の体は扇情的で、掌に吸い付くような滑ら

かな白い肌も、括れた腰とたわわに揺れる乳房も、しなや

かな曲線を描き、一時たりとも…

瞬きを忘れる程に美しく、ハジを溺れさせる。

「小夜…」

ハジはその愛しい名前を呼ぶと、自らもまたシャツを脱ぎ

捨てた。

 

明るい午後の日差しの中で、生まれたままの姿で縺れる様

にして抱き合う。

体中に口付けを落とされる。

一時も愛撫の手が休むことは無く、甘い吐息が室内を満た

してゆく。

昼間だと言うのに、いやむしろ明るい日差しの下だからこ

そ、その非日常的な光景が堪らなく艶かしい。いつだって

ハジの瞳に夜の暗闇は全く意味を成さない事は解ってはい

るけれど、いつものように夜の闇を纏う事が叶わず、小夜

の羞恥は極限に達している。

乱れる姿を隠す事も出来ず、そして何より愛しい男の素肌

が目に飛び込んで小夜の感情を煽る。ぎゅっと目を閉じて

耐えるのに、ハジはそれを許そうとせず繰り返し小夜を呼

んだ。


「小夜…」

何も考えたくは無かった。ただ愛しい男の与える快楽に全

てを投げ出してしまえたら、この胸の不安を一時でも忘れ

る事が出来るだろうか…。

 

気付くと、窓から差し込む日差しはもう翳り始めていた。

どれ程の時間、こうして抱き合っていたのだろう…。

ハジは小夜の望みを忠実に叶え、その快楽の底に彼女の抱

える不安を閉じ込めた。
けれどそれも一時の事で、不安が

消えてしまう訳ではなかった。
情事の後の気だるい余韻に

身を任せながら、小夜はシーツを纏って寝返りを打つ。ハ

ジは既に肩から白いシャツを羽織り、ベッドから下りてい

た。
無言のまま寝室を後にすると、冷えたミネラルウォー

ターのボトルを手に小夜の枕元に取って返す。


「咽喉が枯れたでしょう?」

ベッドにそっと腰掛けると、その重みにスプリングが軋む。

小夜を伺う声は労わりに満ちていた。


「まだ起き上がれないわ…」

小夜は甘えるようにハジを見上げ、甘えた声で告げた。

「ではそのままで…」

ハジはそんな小夜に答え、ボトルのキャップを外し、一口

水を唇に含むと覆い被さる様にして、小夜に口付けた。


うっすらと開いた唇の端から、冷たい水が伝う。

それでも、しっかりと小夜の咽喉は潤ったのか、人心地付

いたようにほうっと大きく息を吐いた。


「小夜…カイの事が心配ならば、毎日でも顔を見に行きま

しょう…」


ハジの提案に小夜の口元が笑う。

「カイはきっと五月蝿いって言うね…」

きっとそうだ、あのカイの事だから大袈裟に騒がれるのは

面白くないだろう。


「それでも、カイはあなたに会いたいと思いますよ…」

その優しい言葉に、小夜の瞼から思いがけない涙が零れそ

うになる。

堪えようとして、小夜の表情は泣き笑いのように崩れた。


差し出された両腕に身を任せ、ハジは再びベッドに崩れる

ようにして小夜を抱き締めた。幼子をあやす様な優しい手

付きで、繰り返し彼女の黒い前髪を撫でる。


「小夜…、夕食の仕度が整うまで休んでいて下さい。眠れ

るのなら少し眠った方が良い…体は疲れている筈です」


「…眠くない…よ」

「ぐっすり眠れるように、…これはおまじないです」

ハジはそう囁いて、小夜の白い瞼に唇を落とした。

左目に、そして次に右目に…。


意識は冴えていてとても眠れそうになかったのに、ハジの

声は小夜の尖った意識をそっと宥める魔法でも使えるのか

彼口付けを受け深く瞼を閉じると途端に睡魔が小夜を襲った。

とろとろと堕ちてゆく眠りの中で、遠い昔の…まだ少年のハジ

が両手に薔薇の花を抱えて笑っていた。


これは夢?

その向こうで笑う懐かしい優しい笑顔。

淡いセピアの景色の中で、小柄な老人が微笑んでいる。

「…ジョエル…?」

『…小夜』

「…ジョエルなの?」

『小夜、決してハジの手を離してはいけない』

「…ジョエル?どうしてここに?本当は生きていたの?ジ

ョエル…」


頭の片隅で、これは夢なのだから…と冷静な声がする。け

れど、懐かしい養父の姿に小夜は堪え切れずそう続け様に

言い寄ると、ジョエルは小夜が小さな頃にしてくれたよう

に、彼女の頭を繰り返し撫でた。


愛しげに、愛しげに。

『ハジは…。…お前を守れるだけの男だ。お前はもうそれ

を知っているだろうがね』

「ジョエル?」

『これまでも、…そしてこの先も。未来永劫…ハジはお前

の傍らに在ってお前を支えるだろう。だから、悲しんでは

いけない』


「悲しむ?」

『命とは…』

「ジョエル…?」

『命とは…寄せては返す波のようなものなのだ…。儚いけ

れど、しなやかで強い…』


「ジョエル…どういう事?」

『お前は優しい娘だから…時々心配になるのだよ。けれど

お前は賢い娘だからね…』


ふわりと、優しい老人の掌が小夜の頬に触れる。

……触れたと思ったそれは、頼りなく透けて、先程までは

っきりとした触感を伴って小夜の髪を撫でた掌は幻のよう

に形を失ってゆく。


「ジョエル?」

『ハジの手を…離してはいけないよ。お前には、ハジがい

るのだから…泣いてはいけない』

「ジョエル?ジョエル?」

ここがどこであるのか…

今がいつであるのか…

全く今この現実とはかけ離れた遠い時間と空間の歪みを縫

うように、目の前に現れた小夜の養父は、ゆったりと微笑

を浮かべ、そう言い残して霧のように霧散してしまった。


夢だと解っている。

解っているのに、小夜の頬を止め処なく涙が伝った。

どうしようもなく、心細くて、後から後から流れる涙を拭うことす

ら出来ない。


ハジ…ハジ…

声にはならない。ただ咽喉の奥から搾り出すように、愛しい男

の名前を唇が象る。


ハジ…



「小夜…小夜?」


遠慮がちな優しい手が小夜の肩を揺すった。

小夜がうっすらと瞼を持ち上げると…視界は涙にぼやけていて、

その向こうで黒髪の青年が心配そうな表情を隠しもせず、小夜

を覗き込んでいる。


…ハジ

彼の姿を認めると、小夜の瞳からは再び新たな涙が溢れ頬を濡

らしてシーツに零れ落ちた。長い指がそうっと頬の雫を払う。


「…悲しい夢でもご覧になりましたか?」

「……ハジ。………ジョエルが…」

その一言だけで青年は全てを悟ったのか、横たわる少女の前髪を

丁寧に整えながら、宥めるようにその輪郭を辿り、そっと頬に沿わせ

て穏やかに微笑んだ。


深く青い双眸がすっと細められ整った薄い唇の両端が僅かに上がる。

小夜はそんな恋人についうっとりと心奪われながら、やや幾分落ち着

きを取り戻すかのように唇をかみ締めた。

ハジは、美しい。

誰が見ても美しいと認めざるを得ない整った容姿。

まるで人為的に作られた芸術作品のように整った恋人は、けれど作り物

には決して持ち得ない強い意志と力のある眼差しで真っ直ぐに小夜を見

詰める。いつも、いつも、その視線は反らされる事なく、ハジは影となり日

向となり、小夜に寄り添っている。

自分には、勿体無いような人だと小夜は思う。

あの美しい動物園の日々から、長く厳しい戦いの最中を、

そして今も…こうして小夜の傍らで微笑む青年の柔らかな微笑。


もし彼が、自分のシュバリエになどならなかったら…

ハジはこんな苦しい運命に飲み込まれる事もなかった。

けれど同時にそれはハジとの永遠の別れを意味していた。

ハジと永遠に別たれるなんて、今の小夜には想像する事も

出来ない。


ハジが居てくれたからこそ、今の自分はあるのだから…。

そしてその自分の命よりも小夜はハジを愛しく想っている

のだから。


ハジをシュバリエにしてしまった事を責める自分と、彼を愛する自分と。

解かれることのない永遠の矛盾の螺旋。

「ハジ…」

差し出した両腕に応えるように、ハジは黙って圧し掛かる

ようにして小夜の体を強く抱き締めた。


今の現実とは違う、もっと普通に人としての人生があった

筈の貴方。


それでも、こうして優しい腕で抱き締めてくれる貴方。

貴方の優しさはこうして広げ抱き締めた両腕からも惜しみ

なく溢れ、私を溺れさせる。




甘やかさないで…

もっと、抱き締めて…

私は、矛盾した酷い女だから…

例え貴方が嫌だと言っても、私はもうこの手を離したり出

来ない。

ジョエルが言うまでもなく…




「ハジ…ごめんね」

小さくそう囁くと、ハジは相変わらずのゆったりとした微

笑を更に崩した。


一旦腕を離し、小夜を覗き込んでくる。

「また、小夜のごめんね…が始まりましたね。今度は一体何に

謝ると言うのです?私に内緒で買い置きのアイスを全部食べて

しまった事?それとも…」

「違う。違うわよ…。だってハジはアイスなんか食べないじゃない」

抱き締めた男の背中を緩くぽんと叩いて、この世の全てに感謝する。

貴方がいてくれて良かった。

貴方がいてくれるから、私…。

心の中で呟くそれがハジに届くはずはないのに、ハジは全

て心得ているかのように、そんな小夜の体を優しく腕の中に抱き締めた。


涙に濡れた瞳を間近で覗き込むようにして、戸惑う小夜の

動揺を全て飲み込んでしまうように深く唇を合わせる。


途端に小夜の体の奥が再びぞくっと熱を持つ。

さっきまであんなに愛し合っていたのに…、まだ欲しいだなんて…。

ハジに嫌われるだろうか…

そんな不安が過ぎる。

けれど…

小夜の体は正直で、ハジの舌先が口中を優しくなぞる度、抑え切れようの

ない熱がぶるぶると全身を焦がし始め、さっきまでハジを受け入れていたそ

こがただそうしているだけで新たに潤い始めるのが解る。


「ハジ…」


小さく名前を呼んで、離れかけた唇を追う。

噛み付くように口付けて、小夜はハジのシャツに手を伸ばした。


胸元のボタンを一つ外す。

それだけでハジは解ってくれるだろうか?

ハジはそっと体を浮かせ、小夜の作業を促すように見下ろしている。

顔を見なくてもその優しい表情が気配で解る。こんな自分が恥ずかしい…

でも何も言わずにそうさせてくれるハジもきっと同じ気持ち。


小夜は全てのボタンを外し、肌蹴た男の胸にしっとりと指を這わせ、

首筋に縋ると抱き寄せるようにして口付けを強請る。


ハジは乞われるまま、小夜に甘い口付けをくれながら、小夜の纏った

白いシーツを剥いだ。一糸纏わぬ姿で眠っていた小夜の体を、確かめる

ように大きな掌でなぞってゆく。耳元、首筋、肩先、二の腕、そして咽喉元に戻り、

くっきりと浮いた鎖骨を辿り、掌で包み込むようにして小夜の乳房を緩く揉む。


「……ッハジ…」

「良いのですか?…もう食事の準備も整っていますよ」

「今は食事より…ハジが欲しいの…。駄目?」

「…こんな状況で断れる男が居たらお目にかかりたいものですが…」

「ハジ…」

ハジの掌は緩やかな愛撫を再開する。

受け入れて貰えた事で、すっと肩に入っていた力が抜けた

「どうしたい?どうしたいのですか?小夜…」

圧し掛かっていた体を横にずらすようにして、ハジが問い掛ける。

「ハジ…」

「…私をどうしたいのですか?…小夜の好きなように、して下さって構いませんよ。

私の全ては貴女のものなのですから…」


蕩けるような余裕の笑みで、ハジが言う。

ズキン…と胸が痛む。

いつも…いつも、何も言わずにただ私の望みを叶えてくれるハジ。

ハジが欲しい、そう思うと同時に、ハジにも同じように感じて欲しいと思った。

「ハジはどうしたいの?」

まるでオウム返しでしかない私の答えに、ハジは苦笑を漏らした。

「では…小夜から触れて気持ち良くして下さいますか?」

考える余裕などなく、小夜はただ小さく頷いた。

体勢を入れ替えるようにして小夜がハジの体をベッドに押し倒すと、

ハジはぎこちなくその長身をシーツに沈めた。


シャツは全て肌蹴ている。先程とは違い部屋の中は目を凝らさなけれ

ばならない程薄暗く、小夜はそれに助けられるように、ハジの前に裸体を晒した。

最早素肌を隠そうとはせず、夜明けを迎える薔薇がそっとその蕾を綻ばせるよう

に、しなやかに体を開く。間違いなくシュバリエであるハジの瞳には全てが昼間と

同じように映し出されている。

それは解っていたけれど、それを言うならば、今までだって何時どこでする時も同

じで小夜の全てをハジは見詰ているのだ。


強烈な恥ずかしさと同じ位の強さで、ハジを欲する自分の全てを見て欲しいとも思

う。


小夜は覚悟を決めたように、そっとハジの胸に触れた。滑らかで引き締まった皮

膚の感触。筋肉の束は、見た目よりもずっと頑丈で厚い。

けれど、決して彼が厳つく見えないのは全身のバランスが程よく調和しているから

かも知れない。小夜の体では全身を覆い隠すことの出来ない長身、長い手足。 


闇の中に浮かび上がるハジの白い肌は美しい。

なだらかな胸の丘を撫でて確かめる。横たわる彼の傍らに跪いて、いつもハジが

そうしてくれるようにその白い素肌の上に唇を落とした。


彼の上に体を倒すとハジの腕が小夜の細い腰を抱いて支えてくれる。


甘えるように身体をくねらせて、ハジに口付けの雨を降らせる。


瞼に、鼻筋に、頬に、そして唇に。耳朶に滑らせて熱い息を吹き掛けるとハジが堪

え切れないように小さく笑った。


擽るように、唇で首筋に戯れると、耳元でハジが小夜を呼ぶ。

「小夜……」

見詰め合う狭間で、どちらからともなく情けない笑みが零れた。小夜は、もう一度

丁寧に彼の唇に口付けを落とし、ハジの下肢へと指先を伸ばす。


ゆっくりと彼の足元に体を移動すると、そこだけは依然と

して着衣に乱れがない分窮屈そうな…ベルトに小夜は指を掛ける。かちゃかちゃ

と軽い金属の音を立てて、それはあっけないほど簡単に外れた。


「ハジ…」

そう、名前を呼ぶのが精一杯だった。

小夜はハジの腰に手を掛け、窮屈な場所に閉じ込められていたハジをぎこちなく

解放する。ハジのそれはもうはっきりとした意思を体現していた。


屈み込んで恐る恐る指で触れると、途端にハジの唇からは長く熱い吐息が零れ

た。
ハジはシーツに肘を突いて体を起こし、愛しげに小夜の髪を指先で梳いてくれ

る。
無言で促されたように、小夜はハジに指を絡めた。

いつもの事ながら、どう扱ったら良いのか解らない。けれど、この部分がハジの一

番敏感な部分である事は知っている。

そしていつも、小夜を優しく快楽の波に浚ってくれるのだ。

気持ちを込める様に丁寧に、指で包み込む。

最初は恐る恐る…絡めた指を上下してその先端に指を這わせる。

考えるだけでも恥ずかしい筈なのに、不思議と躊躇いや嫌悪感は沸かない。

まるで蝶が花に誘われるように自然に、小夜はそっと触れ

た指先に唇を落とした。


「小夜…」

柔らかな皮膚からそっと指をずらすとちらりと舌先で括れをなぞる。

「小夜…っ」


繰り返し名前を呼ばれたけれど、止める気持ちにはならなかった。

いつもして貰っている事を、してあげたいと思うだけだ。

薄く開いた口唇に、そっと飲み込んでゆくと、ハジの掌が優しく髪を撫でてくれる。

彼の前に跪き、まるでミルクを舐める子猫にでもなったみたいに、懸命に舌を動か

した。ハジが、果たしてそのぎこちない愛撫を心地良く感じてくれているのか、小

夜には解らない。けれど、頭上から降る男の湿った吐息が徐々に熱を帯びてゆく

深く咽喉の奥に銜え込んだまま、次第にその淫らな行為に没頭し、脳裏が霞ん

でゆくと、不意にハジの指が小夜を制止した。

ゆっくりと顔を上げると、ハジが困ったように笑っていた。

伸ばされた指先が小夜の濡れた唇を触れ、まるで口付ける

ように優しくなぞってゆく。


「出来れば、貴女にも感じて欲しいと思っているのですが…。小夜」

「ハジ…」

差し出された腕に導かれ、ゆっくりと彼の上に跨ると、ハジの指がそっと小夜の花

弁に触れた。

そこはもうハジを受け入れる為の蜜に溢れ、太ももにまで雫が零れている。

もう慣らす必要は無いと判断したのか、ハジは一度だけ花芯を撫でると、穏やか

な声でもう一度、小夜を呼んだ。


「小夜…」 

ぎゅっと瞳を閉じる。

ぬるぬるとした狭間を先端が探り、意識を集中するようにぎゅっと瞳を閉じる。

恥ずかしさと、ハジを欲しいと思う気持ちとの狭間で揺れながら、小夜は体を浮か

せ…力強い腕に縋る様にして、ゆるゆると腰を沈めた。


「はぁ…ン…、あ…ああ…あっ…ハ…ジ…」

痛みは無く、体の中心を貫かれるその圧迫感は小夜の焦がれ求めるものだ。

自らの体重の分だけより深く突き上げられると、その存在感は更に大きなものと

なる。動かなければ…と焦れば焦るだけ、小夜の腰からは力が抜けてうまくハジ

を捉えることが出来ない。
穿たれたその一番深い場所が、もどかしく痺れ出し、ど

うする事も出来ないまま小夜はハジの胸に倒れ込んだ。肩先に腕を付いて堪える

けれど、二度目の熱に煽られた体は思った以上に自由にならず、小夜の思いとは

裏腹にもう自分ではどうする事も出来ない。


ハジの腰が痺れを切らしたかのように、蠢き大きく小夜を突き上げた。


「…ああんっ。はあ…ん…」

「小夜…、小夜…」

宥めるような声音で、ハジが小夜を呼ぶ。

今にも崩れ落ちそうな小夜の体を支え、ハジはゆっくりと上半身を起こした。

彼もまた快楽の波に押し流されそうになる理性を、ぎりぎりのところで小夜の為に

保っている。

体内に潜む男としての本能を、ハジはまだ解き放つ訳にはいかない。


何よりも、この心も体も、その髪の一筋ですら、全ては小夜の為に存在するのだ

から。労わるようにその背を撫でて小夜の体内から自身を抜き去り、その腕の中

に深く抱き締めた。


「…ハ…ジ…。嫌…よ…。まだ…」


細い腕で男の首筋に縋りつく小夜に、遣り切れない愛しさが込み上げる。

生涯たった一人の恋人である少女を深く胸に抱き締めたまま、ハジは体勢を入れ

替えた。


「まだ…終わりではありませんよ。小夜…」 


小夜は全身の力が抜けてしまったように、ぐったりとハジの腕に身を任せてそれを

聞いた。


「きちんと、満足させて差し上げます…」


白いシーツの上に、小夜の体を横たえる。
汗に湿った髪を優しく撫でて、その額に

一つ口付けを落とすと、ハジは小夜の両足を開いた。大きく持ち上げるようにして

腕に掛け、硬くそそり立つ自身を突きつける。


「ああ…っ、あ…ん。ハジ…」

焦らされ…欲しいとせがむように、耳に残る甘い悲鳴混じりに名前を呼ばれて、ハ

ジは躊躇う事なく小夜の体を深く貫いた。


十分に潤った小夜の襞が絡みつくような抵抗を伴って、熱くハジを迎え入れる。


「あぁっ…はあ…んん、ハ…ジ…」

「……っ、小夜」


寡黙な唇からも常にはない熱い吐息が零れ始め、小夜を気遣いながらも次第に

本能に急かされるようにハジは小夜の体を深く突き上げた。


深く、浅く、規則的に刻まれるハジのリズム。


時に優しく、時に激しく、強弱をつけるようなハジの愛撫は絶え間なく、時間を掛け

て小夜の体を揺すぶった。その波は小夜の体の奥深くから沸き上がり、徐々に大

きく全身を支配し始める…苦痛と紙一重の強過ぎる快感に、体が悲鳴を上げる。


もう駄目…。

けれど止めて欲しいとも、もっと欲しいとも、

小夜の唇は意味のある言葉すら形にするのが困難で、男の首筋を抱いた手で彼

を引き寄せると漸く、その名前を呼ぶ。


「…ハジッ」


ハジは一瞬だけその律動を止めると、小夜の顔を覗き込んだ。

今まできつく瞑っていた瞼をうっすらと持ち上げると、いつしか潤んだ視界の向こう

でハジが申し訳無さそうに眉間を寄せている。


こうしていても、繋がった部分が燃えるように熱い。この熱が果たして自分のもの

であるのか、自分を抱き男のものであるのか、小夜にはもう解らない。

「待っ…て。そんなに…しな…で…」


「…痛い…ですか?小夜…」


シーツに腕を突いて体を浮かせ、そっと小夜の額に唇を落とす。


間近で美しい瞳が細められ、眉根がきつく寄っている。

ハジも堰き止めた体の熱を持て余し、辛いのだ。

「…っ違うの。でも…も…少し…優しくして…」


「………すみません。貴女があまりに可愛らしいので、つい溺れてしまうのです」

乱れた男の前髪をそっと整えると、その前髪の下から海のように深い青を湛えた

瞳が謝罪する。
シュバリエである男の欲望は、多分この程度ではないのだろう。

ハジはこれでも自制しているのだと、小夜にはそれが手に取るように解るけれど。


「ハジ…」

許しを請う恋人に、小夜は自ら口付けを与えた。

互いに唇を貪りながら、どちらからともなく体を揺らすとハジの腕が強く小夜の腰を

抱いた。

用心深く、細心の注意を払うようにして、再びハジが小夜の体を突き上げた。

先程よりも幾分緩やかなリズムで小夜の熱を煽り始める。

「…小夜。…小夜っ…」

「ああん、ん、ん…ハジ。…ハジィ…」

密着した下肢から、濡れた音が響く。

一旦引いたと思われた波が、再び小夜の体の奥から沸き上げてくる。

それはやがて、小夜とハジを優しく包み込んだ。

まるで一つの命になってしまったかのような錯覚が二人を襲う。

やがて小夜の体の一番奥深い場所でハジが限界を迎え、一際大きく腰を打ち付

けると大きくその背を震わせた。


放たれたものが熱く小夜の体内を濡らす。

「小夜、小夜…愛しています。…小夜」

「…私も、愛してる、ハジ」

ぐったりと、ハジの体から力が抜けて、心地良い重みが小夜に圧し掛かる。

小夜は大きな背中をきつく抱き締めると、その存在を確かめるように指先を這わ

せた。


愛しているの…ハジ…。


もし私が一人だったなら、こうして今この未来の世界を生きてはいないでしょう。

いつも、私の事を一番に考えてくれる貴方。


『小夜が居なければ私も生きてはいません』と何度そんな台詞を聞かされてきた

事だろう。けれど、知っていて欲しいの…、私も貴方が居てくれるから…こうして生

きていられるの。

心の中でそう呟いて、小夜は瞼を閉じた。

たった一人。共に人生を歩みたいと思った人。



□□□



線香花火の儚い火花は、美しく輝いて瞬く間に消え落ちた。

小夜は手にした線香花火の燃えカスを、名残惜しむように

水を張ったバケツに捨てた。

鼻先につんと火薬の香りが残る。

マンションの高層階のベランダで花火など、本来は許されないのだろうが、たった

数本の花火の為に気だるい体で階下まで降りる気にならず、二人は緑の植物溢

れるベランダの片隅で線香花火に火を着けた。

夕食後、昼間から口数の少ない小夜を気遣って、ハジがそう言い出したのだ。

ぱちぱちと音を立てて賑やかな火花は、見ているだけでほっと心が和む不思議な

力を持っている。

小夜は線香花火の明かりに、柔らかな微笑を覗かせた。

二人で育てた青々とした鉢物の緑が溢れ、一瞬ここがマンションのベランダである

事を忘れてしまいそうだ。

昼間の暑気が嘘の様に、夜は涼しい風が吹き抜けるて、枝を揺らす。

もう夏も終わろうとしているのだ。

「ハジ…ごめんね。…ありがとう」

不意に顔を上げて、小夜が告げた。

ハジはもう、ベッドの中でのように、茶化したりはしなかった。

「謝らないで下さい。貴女が私に謝る事など一つもないのだから」

「…それでも」

例え、小夜にとっては束の間のまどろみであろうとも、三十年と言う月日は、ハジ

やカイ、彼女を待つ者達にとっては気が遠くなる程長いだろう。

あの戦いの日から、瓦礫の中にハジの姿を見失った日から小夜はずっとハジの帰

りを待っていた。

もしかしたら、もう二度と会えないかも知れないと言う思いを何度も強く否定し、待

ち続けていた。

けれど、とうとう再会叶う事無く、小夜の体は耐え切れず休眠期に入った。

三十年の長き眠りから覚めた時、一番最初に感じたのはあれ程待ち侘びたハジ

の気配だった。

嬉しくて、愛しくて、再び出逢えた事をどれだけ感謝した事だろう。



ハジ…待っていてくれて、ありがとう。



「さあ、小夜。最後の一本ですよ」

ハジは殊更明るい声音を装った。

その頼りなく細い最後の花火を手渡され、小夜は隣に佇む恋人を見上げた。

「明日、また病院に行っても良い?」

「…勿論ですよ」

「お見舞い持って行ったら…カイ、怒るかな?大袈裟だって…」

「…かも知れませんね。では無事に退院したら、退院祝いのパーティーでもします

か?…腕を奮いますよ…」

「カイ、怒るよ…」

小夜は、足元のろうそくで最後の線香花火の先に火を着ける。

儚く美しい火花が、一瞬の夢のように辺りを照らし出す。その鮮やかな残像を二人

の網膜に焼き付けて…やがて、その一本も燃え尽きた。

漂う火薬の匂いが、つんと鼻先を刺激する。

無意識に、ぽろりと小夜の頬に涙が零れた。

夏が終わろうとしている。

「ねえ、ハジ。次に眠ったら…そして目覚めたら、もうカイには会えないかも知れな

いんだよね」

何度か言い淀み、ハジは黙って小夜の肩を抱き寄せた。

優しい指先に力が篭る。

「小夜…それこそ…それこそカイの耳に入ったら怒鳴られ

ますよ…」

「…ん。そ…だね…」

「さあ、もう部屋に戻りましょう。デザートにアイスクリームを食べるのでしょう?」

肩を抱かれ、リビングへと続くガラスのサッシを潜る。

キッチンの冷蔵庫へと向かうハジを見送り何気なく振り向くと、暗い夜の向こうで、

養父の優しい笑みが浮かぶ。

『小夜、決してハジの手を離してはいけない。ハジはお前を守れるだけの男だ。こ

れまでも、…そしてこの先も。未来永劫…ハジはお前の傍らに在ってお前を支え

るだろう。だから、悲しんではいけない』

「…解ってるよ。私は…大丈夫だから…」

「小夜?どうしました?…何か仰いましたか?」

小さな呟きを聞きつけてハジがキッチンから小夜を呼ぶ。

小夜は、溢れそうになる涙を堪えて、笑う。

「ううん、なんでもない。ねえ、アイスクリーム…ストロベリーにして…」

小夜は、キンキンに冷やしたガラスの器にストロベリーアイスクリームを盛り付け

る優しい恋人を手伝うべく、キッチンへ向かった。





『命とは…寄せては返す波のようなものなのだ…。

儚いけれど、しなやかで強い…』

不意に、ジョエルの言葉が蘇る。

「心配しないで。…ハジが居てくれるから…私は笑っていられるの」

「…小夜?」

「なんでもない…」



この先、どれだけその頬が涙に濡れたとしても…。

瞼の裏に、先程の線香花火の鮮やかな火花が蘇る。

それは単なる、瞼の裏の残像に過ぎないけれど…。



夏が静かに終わろうとしていた。


20070831
…やっと終わりました。何とか8月中に更新出来そうです(笑)
もう全然、何が書きたかったのか解らなくなってしまいましたが、
単にいちゃつく二人が書きたかったのです。
…途中何度もくじけて、もうこの話にHなシーンが本当に必要なのか??と考え込んだりしましたが、
そのシーンを無くすと、ほとんど削られて何も残らないなあ〜と開き直ってみたり。
さて、次はアンソロの原稿と新刊の原稿に本腰を入れなければ。