ふわり…と、その冬初めての雪が彼の黒髪に触れ、消えた。
何故だか私は、それを見て…泣きたくなった。
どうしてだか解らない。
それは理屈ではなくて…
悲しいのか、寂しいのか…それとも、幸せであるのか…
今の自分の感情が、そのどれかさえも解らないけれど。
それとも全く別の何かかも知れないけれど…。
自然に零れてしまった不覚の涙に、
彼は少し困ったように微笑んで指先を伸ばした。
 
 
Blue Snow         三木邦彦
 
 
彼の指が…頬に触れそっと涙を拭う。
私は、これ以上彼を心配させまいと…ぎゅっと唇を噛んだ。
覗き込む真っ青な瞳は穏やかに澄んでいて、全て解っていますよ…と言わんばかり。暮れてゆく西の空は、僅かに夕焼けの名残を匂わせるけれど、空気はもうすっかり夜の気配だった。
暗い空にひらひらと舞い始めた雪は、まるで花びらの様にも見えて…
本当にこれが花なら良いと、私は瞼を閉じて儚い想像を試みる。
けれど、暖かい春の想像に浸るには頬に触れる空気は冷た過ぎた。
「…小夜」
心配そうな声で私を呼ぶ彼…。
「大丈夫だよ…。ハジ…」
街の明かりは昔見た星空をひっくり返したようにきらきらと眩しくて、明るい音楽が絶えず賑やかだったけれど、そんな喧騒も少し離れたこの高台の公園までは届かない。 
ハジはとても、美しい。
いつも傍にいる私でさえ、思わず見蕩れてしまう程…
夜の闇よりも濃い艶やかな黒髪と、透けるように白い肌。女性の様にしなやかで繊細なのに、一つ一つの造作はしっかりと男性を主張する。
大きな手も、広い背中も…
そして…自覚の無い柔らかな笑顔を、無防備な私に向ける。
私の心が、そうやって雁字搦めにされてゆくのを…きっと本人は解っていない。
私達がこうして…
まるで普通の恋人同士みたいに、手を繋いで街中を歩いたのは今夜が初めてかもしれない。
日の暮れかけた街は、クリスマスのイルミネーションに彩られて一層華やかさを増していた。ハジに手を引かれ、案内されたのは、小さいけれど、静かで趣味の良い穴場的なレストランだった。
普段食べると言う行為の必要のないハジも、今夜は珍しく私と一緒に『食事』をした。勿論…味は最高で…、クリスマスだからと言う理由で…サービスされたワインとケーキもしっかり胃袋に収まった。
食事を終えると…私達は、綺麗に磨かれたショーウィンドーの中を覗き込みながら、共に寄り添って歩いた。けれど…私はガラスの中の色とりどりのプレゼントの包みを見るふりをしながら、ずっとガラスに映るハジの姿を見詰めていて…。長い髪を後ろで一つに束ね黒いコートに身を包んだハジは、いつもと変わらないポーカーフェイスで…、特に話題など見付かりもしないのに…私は彼に話しかけてばかりいた。
ずっと…
ずっと、こうして一緒に歩いていられたら良いのに…
そんな私の願いを聞き届けるように、ハジは何も言わず…
街の明かりが途絶えても、私の手を離す事はなかった。
私は彼の、何か心に秘めたような…その握った指の力強さに、いつしか心を奪われて、無駄に意味の無いおしゃべりを忘れた。
彼の無言は暖かい。言葉は無くても、絡めた指先のぬくもりは私を優しく導いてくれた。
そうして…私達は、この見晴らしの良い公園に辿り着いた。
私達は、もうずっと長い時を、一緒に駆け抜けてきた。見た目は、普通の人と何ら変わりはしないのに…この体の中に流れる血は……どうやら『人類』ではないらしい。
大昔から人類は、不老不死と言うものに限りない憧れを抱いていたそうで…
『人』ではない私達の命は、『人類』の考えるそれと限りなく近いのかも知れないけれど…実際には、そんなものが有り得る筈もないという事を、私達は知っている。
そしてそれが、憧れるような良いものではない事も…
だから…こんなにも涙が零れるのかも知れない。

大丈夫…と笑ったつもりなのに…
ぎゅっと唇を噛んで堪えたのに…
それでも、私の涙腺はさっきから緩みっぱなしで…
ハジは堪りかねたように、私の体を強い力でその胸に抱き寄せた。
滅多な事では感情を表に示さない冷静な彼が、人気がないとは言え、いつ誰が現れるかもしれないこんな場所で、こんな風に強引に私を抱き締めるなんて…
戸惑って、躊躇って…
けれど、その温かな胸の広さに…もう涙は止まらなくて…
そんな涙を、覗き込んでくるハジから隠してしまいたくて…
私は彼の胸に強く頬を押し付けて、しがみついた。
「小夜…」
耳元でハジが囁く、その優しい響き。

彼が全てを教えてくれた。
生きる事の意味も、
生きる事の価値も…
ハジが…
たった一人、寂しくて孤独だった私の心に…小さな…小さな、けれど、それはこの上も無く暖かな火を灯した。
奪うばかりの私の人生もまた、価値有るものだと………
誰かを愛する事で…、
誰かに愛される事で…、
世界はこんなにも鮮やかに色を増した。
「小夜…」
ハジが私の名前を呼んで、そっと掌を私の頬に添えた。
逆らう事を赦さない、深く青い瞳に見詰められ…私は言葉を無くす。
もう………駄目……
頬に添えられた指が、そして反対の掌が、私の顔をふいに上向かせた。ハジの白い瞼がゆっくりと閉じられて…、私はそれに倣う様にぎゅっと目を瞑る。
ハジの唇が、優しく私に触れ………許可を求めるかのように、柔らかな口唇が私のそれを啄ばむ。誘うように雄弁に…、彼の舌先が私の唇を少しずつ割って進入してくる。濡れて、ざらりとしたその先端が触れ合うと、その度にそっとひいてゆく。私はつい、ここが屋外であった事も忘れて、彼に誘われるままに舌を絡めた。
ざらついた舌先、湿った粘膜の感触、熱い吐息、
何もかもが愛しくて、もどかしくて…
ハジの背中に回した腕に力を込めて、爪先で背伸びをすると、彼はそんな私の体を抱き込むように腕の中に収めてしまう。
好きよ…ハジ…
息を継ぐ狭間に、声にならない吐息で訴えると、彼の口付けは性急なものへと変わり、その瞬間…ぞくりと背筋に甘い電流が走った。全身の力が抜けてゆくのが解かる。私は彼の腕に体を預け、求められるままに唇を与え……
次第に上がってゆく呼吸を整える事も叶わず、もう堪えきれない…そう思うとほぼ同時に、ハジが名残惜しく唇を開放した。
潤んだ瞳で見上げると、ハジは少し情けないような表情で、
「…小夜…、二人きりに…なれる場所へ…」
そう言って、微笑んだ。
小さく頷く返事さえ待たず、ハジは私の体を両腕に抱き上げる。
空を見上げると、舞い落ちる雪の花弁は次第にその数を増しているようだった。私はハジの胸にぎゅっとしがみついて、目を閉じた。
愛しくて
愛しくて
全てを捧げても、足りない位…
私の全てをあげるから…
ハジ…
背後で風を切る翼の羽音が響く。ハジは私の体を抱いたまま、雪の舞う夜空へ飛び立った。彼の腕から、柔らかな場所へと下ろされて…
 
そっと瞼を開けると、薄暗く見慣れた寝室の天井が見えた。
目覚めてから、三年…
共に暮らしたこの部屋も、私にとっては大切で愛しい場所。
初めて何の憂いも無い、平和な日々を彼と過ごした場所。
次に眠りに就いたら、
次に目覚めるのは、この部屋ではないかも知れない。
再びこの部屋で目覚める保障は、もう今の私には無い。
ハジは、そんな私の顔を覗き込むようにして、もう一度丁寧に唇を合わせ、冷えた体に再び熱を与え始める。
ハジの唇は、ゆっくりと移動して…顎のラインを掠め、私の耳たぶに触れ…夜風に冷えた皮膚の上を彷徨っていた。
長い指先が、胸元のボタンを探り一つずつ外してゆく気配を感じる。私は、これから与えられるだろうハジの全てを体に、心に刻むのだ…
例え、いつあの長い眠りがやってきても、
決してハジの事を忘れてしまわないように…
全てのボタンを外し終えると…ハジはその几帳面な性格そのままに、丁寧に私の体を覆う衣服を脱がしていった。
小さな子供がされるように、ハジに全てを預け、生まれたままの姿へと戻る。やはり恥ずかしさが先に立ってしまうのは、彼が夜の闇の中でも全てを見届ける優れた視力を備えているからだけれど、恥ずかしいと同時に…ハジに私の全てを覚えておいて欲しいとも思う。
ハジはそんな私の思いに、少しでも気付いたのだろうか…
優しく私の肌の上を掌で宥めながら…
彼もまたゆっくりと纏っていたシャツのボタンを外した。少しずつ露になってゆくハジの白い肌は、私を魅了する。かっちりとした広い肩、いかついというよりは、ずっとしなやかで実用的な筋肉。
羨ましくなる程、引き締まったウェスト。
乱れた黒髪とその下に覗く優しげな青い瞳。
どこもかしこも愛しくて…
私はハジを求めて両手を差し出した。抱き締められると、私達の体は驚く程ぴったりと重なる。
それに気が付いたのは、いつのことだっただろう…
私達は、別々に生まれた魂の半分みたいだ…四肢を絡め合い、ぴったりと重なる肌の感触を確かめ合う内、新たな刺激を求めるように、ハジが僅かに体をずらし、彼の指先は再び明らかな作意を持ち始めた。
皮膚の上を滑る様に、体中に触れる。
私の体は、もどかしく…そしてやるせない感覚に支配されてしまう。
優しい言葉など、私達には最初から必要なかった。
触れるその指先から、ハジの優しさは直に肌に染みてゆく。
ハジは自分の快楽よりも、いつも私を優先する。彼は私以上に私の体の事を知り尽くしていて、その指先は的確に私を感じさせる。
大きな掌が繰り返し体のラインを撫で上げ、やがて焦らすように胸の膨らみを包み込んだ。
両胸をゆるゆると縁を描くように揉まれると不思議なくすぐったさが私を満たしていく。ハジは焦らすように時折敏感な先端に触れ、私の体に甘い痺れが走るのを確認すると、まるで小さな果実を摘む様に、指先が乳首を摘み上げ、嬲り始める。

「っ!…はあ…ん。ん…や…」
もっと強い刺激が欲しくて、私が堪らず体をくねらせると、彼は無表情をほんの少し緩めて、漸く私の乳房に口付けをくれた。
驚かさないようにそっと、その先端を唇に含む。
「…ひゃ…ん…ん、あぁ…ハ…ジ…」
待ち焦がれた刺激に、思わず喉の奥から声が漏れてしまう。
いつもなら、指を噛んで耐えるのに、今夜はそれさえもどうでも良いような気がした。唇で強く吸われ…、彼の舌先が転がすように乳首に触れると、再び大きく体が揺れて反応し、じんわりと私の中心が潤ってゆく。
ハジの長い髪に指を絡めるように、彼を抱き寄せる。
応えるように、ハジの耳元に唇を寄せて、小さく小さく囁く。
愛しくて愛しくて
「愛してるのハジ
もう、愛してると言う言葉すら私の気持ちを伝えるのに充分ではなかったけれど
ふいに顔を上げた恋人の長い前髪を労るようにそっと指で払った。
ベッドの中では、常に主導権はハジにある。
どう頑張っても、ハジの腕の中で…こんな余裕なんて、今の内だけ…それは解っているけれど
言葉では形容し難いその甘い感覚は、体中に伝染したようにじわじわと広がり、硬く閉じた瞼の裏が熱くなってゆく。
けれど、私の体はもうそれだけでは物足りない。
 
もっと…
 
私の体は悲鳴を上げるように、ハジに救いを求める。
もっと、もっと…
強く触れて欲しい。
もっと、もっと深く…。
もっと深くハジと繋がりたい。
ハジはそんな私の心を読んでいるかのように、私の唇を唇で塞いだまま…片手を下肢へ伸ばした。宥める様な手付きで私の太股を撫で、徐々にその内側へと指を忍ばせてくる。ハジは一旦掌で優しく膝頭を包み込むと…そのまま膝裏に回し、私の片膝を立てさせ…私は素直に彼に従い、心持ち両足を開く。
いつの間にか、私達の間には暗黙の手順が出来上がっていた。
恥ずかしい…と言う気持ちが完全に消えた訳ではないけれど、彼を感じたいと思う気持ちに疚しいところはなかった。
私達は、以前主と従者と言う関係だったけれど、今は対等に愛し合っている。
欲しいと思うのは、ハジだけではなく、私だけではなく…
時折覗かせる…ハジの乱暴な一面も…、焼き尽くされてしまいそうな情熱的な一面も…
そのどんな横顔も愛しくて…。
満たされてゆくのは、体よりも心で…。
触れ合う事で…初めて満たされる充足感や、初めて知る事の出来る彼の愛情に、いつしか私は溺れてしまう。
ハジはゆっくりと、指先で私の中心に触れた。
直に触れられると…
私は自分がもうしっかりと潤っている事を尚更自覚させられる。
聴覚を刺激する湿った音と共に、彼の長い指が私の内部に進入してくる。ぬるりとした感触に、痛みはさほど感じられない。
優しくかき混ぜるように、ハジの長い指が次第に深く進入してくる。彼自身と比べたら…ずっと細くて頼りないけれど、その動きは繊細で私の内壁はしっかりと彼を、彼の指の関節の位置までを感じていた。私の意識は、否応無くその部分に集中してしまう。
自然に、私の体はハジを求めて…
ビクビクと痙攣しながらも、揺れてしまう腰を止める事が出来ない。
「っあ、あぁんんぅ
唇から漏れる濡れた甘い悲鳴は、もう私の喉から発せられたものではないみたいで
信者が神に祈るように救いを求める様に伸ばした両腕を、密着したハジの首筋に強引に巻き付けると、耳元に感じるハジの吐息もまた、普段からは考えられない程、熱く湿っていた。
「ハハジ
堪らなくなって、彼を呼ぶ。
小夜?ですか?」
今更そんな事を聞かないでと思う。
私の体がもうこんなにも貴方を求めている事を、気付かない筈は無いのに私はしがみ付いたまま、ふるふると首を振った。
、違うのハジ。私もう
それだけで、ハジは私の言わんとしている事を察してくれたようだった。けれど、私をかき混ぜる指の動きはやむ事が無い。
小夜、もう少し
慣らさなければ
ハジが耳元でそう囁いた。
ハジが私を労ってくれている事は解る。
彼の全てを受け入れるのに、いつも私の体は悲鳴を上げる。
でも。
「ハジが、欲しいの今すぐ、あぁ、あ痛くして良いからお願い。もう
耐えられない
貴方と一つになりたい。
「小夜
ハジは私の中からそっと指を抜き、私はいつの間にかこれ以上無い程広げていた両足を閉じた。太股の間がひどく濡れている。
請うように、ハジの青い瞳を覗き込むと
彼はいつに無く複雑な表情を浮かべ、けれど一瞬の後それは苦笑に変わった。
「私は構いませんが、後で泣くのは貴女ですよ。小夜
ハジは仕切りなおすように、私を残して体を起こした。
甘い吐息を吐きながら、私はうっとりと彼の裸体を見詰める。
ハジは綺麗。
こんなに綺麗なハジが、私の恋人だなんて信じられない。
「小夜
今夜はどうしたんです?と囁きながら、ハジが私の体に圧し掛かってくる。
もう一度、彼は私の両足を掴むと大きく広げ、体を折るように持ち上げた。
全てを晒す姿勢にそしてハジの痛い程強い視線に、顔を逸らして耐える。
!ン・・・ハジ駄目ひゃ
何の予告も無く、ハジの唇が触れた。熱い息が掛かったと驚く間もなく、彼の舌に舐め上げられる。
っ!ハジ違う、ハジ
ハジの唇がそっと離れる。
「小夜。本当に
知りませんよと、ハジが小さく私の耳元で囁いた。
同時に、熱く逞しいものが、探るように押し当てられる。
その先端が焦らすように何度もゆるゆると柔らかな茂みの上を彷徨い、もどかしい快感が全身に広がる。
けれど、なかなか与えられない事に私の体は壊れてしまいそうだった。
焦らさないで
私はハジの背中に強くしがみ付いた腕を、ぎこちなく伸ばした。
彼に触れそっと指で触れて、私はハジを受け入れるべき場所へと導いた。
ハジが困ったように笑う。
「今夜はどうしたんです?そんなに
焦らないでと。
「ハジ意地悪しないで
「意地悪しているつもりはありません小夜
「ハジ
あなたと、一つになりたい。
それはもう、単純な体の欲求では無くて
ハジと
ハジは漸く私の願いを聞き入れ、強く私の体を抱き締めるとゆっくりと、その逞しい剣で私の体を貫いた。たっぷりと濡れた私の中心を、かき分けるように、押し当てた先端を少しずつ進めてくる。
私は彼を全て受け入れる為に、全身の緊張を解こうと大きく息を吸った。
額に彼の指が触れて、瞼を開ける。
ハジは酷く優しい表情をして、私を見下ろしていた。
慈しむようにハジの長い指が、私の汗ばんだ前髪を梳く。
愛しくて
愛しくて
全てを捧げても足りない位
「ああっ!……
苦しい圧迫感が増し、彼が心配した通り私の体が悲鳴を上げ始める。
それでもその痛みすら私は彼の与える全てを欲していて
「小夜、体の力を抜いて下さい。小夜もう少し
大きな掌が、肌の上を優しく労ってくれる。
良いの
もっと乱暴にしても良いのハジ
私は
「あんん、ハジ、っお願いもっと・・・深く
「小夜
このまま、あなたになってしまいたい。ハジ
このまま、深く貫かれたまま
あなたに溶けて
小夜?」
思わず零れてしまった願いに、ハジの語尾が上がる。
瞳を開けると、ハジはただ黙って切なげに私の体を抱き締めた。
「はあ、あ……んん
深く私の体を貫いたまま、ハジはゆっくりと体を揺らし始める。体内を抉る様に一旦収めてしまったそれを引き抜き、息を継ぐ間もなく再び押し入ってくる。
繰り返されるハジのリズム。
寄せては返す波の様に、痛みと共に彼が私の体に熱い何かを呼び覚ましてゆく。
擦れ合う粘膜の刺激が、体の奥の熱を呼び覚まし、何処と説明する事の叶わない、秘めた部分をハジが突き上げる度、私の全身を甘い痺れが駆け抜ける。
「はあん、やいやいや……
大きな快感のうねりが私を攫う。
もう一人ではどうする事も出来ない。先へ進む事も、戻る事も。
私の全ては彼の腕に委ねられていて、私はもうどうする事も出来ずにハジにしがみ付いた。
おかしくなりそう
もう、何も考えられなくなっていく。
もう、このままあなたの一部になってしまえたら良い・・・
「小夜っ
熱い息を弾ませて、ハジが私の名前を呼んだ。
彼もまた激しい快感の波に耐えているようだった。形の良い眉をきつく寄せて、彼の青い瞳もいつに無く潤んでいる。
「小夜・・・」
「ハ
「小夜小夜
ハジが、繰り返し私を呼ぶ。
切なくなるほど、直向に許しを請うように
もうそんな余裕すらないのに私はハジを抱き寄せると耳元に囁いた。
大好き。ハジお願い」
あなたを私に頂戴
やがてハジは、私の耳元に苦しげでこの上も無く甘い吐息を吐いた。短く唸るように、体を震わせて、ひときわ大きく私の体を貫き、強く強く抱き締めた。
体内に感じる事の出来る、熱。
体の一番深いところに、叩きつけるように放たれる。
「ああっあ、あン・・・、ハジ
大好き
私は意識を手放していた。
一瞬の喪失の後、私は自分の置かれた状況を理解する。
体はまだ、ハジと繋がったままで
気を失ったのが一瞬の出来事だと理解出来る。
ハジの息もまだ、荒く湿っている。鋭い快感の名残が全身を気だるくさせた。股間はぬるぬると頼りなく濡れている。
やがて、息を整えるとハジは繋がった部分を解こうと圧し掛かった体を浮かせ腕を突く。
私はとっさに抱き締めてハジを引き止めていた。
「やもう少し、このままで居てハジ」
「小夜
私の体はぎしぎしと悲鳴を上げ続けていたけれど、どうしても彼のぬくもりを手放したくは無かった。
離れたくないそう言ったら、ハジはきっと困ったように呆れて笑うんだろうけれど
「今夜は一体どうしたんです?小夜
ハジは優しい。きっともう、彼は気付いているだろうに
「ハジと離れたくないの、このままハジの体に溶けてしまいたい
「小夜、離れたくないのは私も同じですが
そう苦笑して、ハジは私の体から己を引き抜いた。呆気ないほど簡単に、あれほど私を優しく苛んだ圧迫感が消えてしまう。
代わりに、ハジは私の体をそっと労りながら腕の中に抱き寄せ、シーツで包み込んだ。
すっぽりとハジの腕に包まれると、その腕の中はとても暖かで、さっきまで燃える様だと感じた激しさがまるでマボロシだったかのように、彼は穏やかだった。
ぴったりと重なる体を寄り添わせて、私達はしばらくそうして黙っていた。
けれど
「ハジ気付いているんでしょう?私どんどん、体温が下がってる
小夜、何も言わないで
私の、体温の低下が意味する事は、唯一つもう間もなく、休眠の時期が近付いているという事。
毎晩のように、こうして私を抱き寄せるハジがそれに気付いていない筈は無かった。
決して高くは無いハジの体温を、時折自分より高く感じる事も私の不安を煽る。
「ごめんね。きっと私、春まで起きていられないよ。また、ハジを独りにしてしまう、ごめんね。私ハジと離れたくないよ
ハジは優しい指先で、丁寧に私の前髪を払った。
「謝らないで。小夜ずっとこうしていたいのは私も同じ気持ちです。
しかし、あなたの眠りを見守る事が出来る自分を、誇りにこそ思え
辛いなどと。小夜が謝る必要など何処にもないのですから
私達の時間の流れを人のそれと同様に捉えては、辛くなるばかりですよ
ハジはそう言って、静かに微笑んだ。
本当にそう?私はハジの瞳を伺う。
待つ身の辛さと、おいてゆく辛さは一体どちらが重いのだろう。何十年もの長い時を、私はあなたの夢だけを見て眠るだろう。こうしてあなたに愛された余韻だけを抱き締めて、心地よい眠りにたゆたう。
けれど
ハジの長い孤独を思うと、私は身を切られるように辛い。
どうして、そんな風に笑っていられるの
どんな未来が待っているのかも解らず
必ず先の未来で、もう一度愛し合える保障などないのに
「小夜あなたを愛しています。例えあなたが眠りに就いても、私の気持ちが変わることは無いのです。必ず、先の未来であなたの目覚めを待っています。
あなたが辛いなどと考えないで、あなたはただ良い夢を見て眠れば良い。明日の朝、こうして私の腕の中で目覚めるのと同じように、あなたは私の腕の中で目覚めるのです。それが例え何年後であろうと
「ハジ
自然に溢れてしまう涙をハジはそっと唇で拭い、何も心配しないでと、その青い瞳が訴える。
私は切なくて、ぎゅっとハジの首筋に腕を絡めた。
ほんの少し、情けない表情でハジが囁いた。
「一つだけ、私の我侭を聞いて頂けるならば
今夜はもう少し、二人で温まりたいのですと。
強く抱き締めてくるハジの腕の強さの中に、彼が決して口には出さない寂しさとハジの想いの強さが垣間見えた。
下がってゆく体温を補うように、ハジが私の体に再び熱を吹き込む。何にも代えがたく、この世でただ一人、私の愛しい人
愛しくて
愛しくて
私の全てを捧げても足りない位
「愛してる。ハジ
ごめんね
きっともう次の春、暖かな日差しの中で
あなたと手を繋いで歩く事は出来ないけれど
明日、あなたの腕の中で目が覚めたら、
きっと真っ白に染まった世界を二人で手を繋いで歩こう
誰も踏んだ事の無い真っ白な雪を
二人の足跡でいっぱいにしよう
もう、泣いたりしないから今夜だけ
ハジの肩越しに目をやると、薄暗い窓ガラスの向こうにひらひらと雪が舞っていた。夜の闇を映して、青白く映えるそれはまるで儚い花弁のようで
私は、うっとりと涙に濡れた瞳を閉じた。
いつか再び、彼と歩くだろう暖かな春の日差しに思いを馳せながら


20061225
沖縄に雪なんて降らないんですけど…雰囲気のみで…。
2007年10月プチオンリー合わせの個人誌「君は永遠に咲く花」に収録。
「君は永遠に咲く花」はこのお話の、続きと言うか…続きです(苦)